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[コメント] アンナ・マグダレーナ・バッハの日記(1968/独=伊)

「むしろ海と呼ぶ事が相応しい」とゲーテをして言わしめた漢の伝記にふさわしく、幕間に必ず波打ち際の映像が入る。
ゴルゴ十三

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「むしろ海と呼ぶ事が相応しい」と文豪が唸った、日本語で云うと「小川さん」の伝記にふさわしく、幕間に必ず波打ち際の映像が入る。映画史上唯一成功したといえる音楽映画。

 二番目の妻アンナ・マグダレーナの日記をアンナ自身が朗読すると云う、全編ほぼ彼女のモノローグという形をとる。その間スクリーンにはほぼ固定アングルの演奏光景をひたすら映しだす。映像の限定性が、却って、映像に新しい知見を音との関係において提供している。ソニマージュを標榜する連中には爪の垢を煎じて呑んでもらいたい。冒頭数分の無音状態も効果的。

 実はどんな映画でもそうであるのだが、と書き出した時、軽い戸惑いを覚える。そう言われる当該の問題は映画が要求するものなのか、逆に映画を要求するものなのか。ともあれ、シーン(演奏)とシーン(演奏)の変わり目くらいしか動きのないこの映画(実はどんな映画でもそうであるのだが)に、ダイナミックな動きが生じる場面がある。トマスカントルに於ける、バッハと教頭との対決である。しかしカメラは固定アングルであるにもかかわらず、生じた動きはフレームの外に向かっていたのだ!この効果は観客を戸惑わせる、まさにあの戸惑いである。固定限定フレームの静謐な世界が、突然外部から撹乱される(事実そのシーンはバッハが気分よくコラールの指揮をしているところであった)。外部を否応なく認識させられた我々は風景の一歩手前に連れ出されたような不安を感じると云う塩梅だ。これは逆立ちしても音楽ではできない演出である。

(評価:★5)

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