[コメント] 酔っぱらった馬の時間(2000/仏=イラン)
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これは大変な傑作だ。それは何もこの物語や題材の深刻さ、あるいはそれにもかかわらず最後まで希望を放棄しない姿勢が私たちの心を打つためばかりではない。たとえば長女ロジーンが嫁入りに発つシーンでの俯瞰・仰角のカッティングをはじめ、据えるべきところにカメラが据えられ、割るべきところでカットが割られているということだけからでもバフマン・ゴバディの映画的な才能が見て取れるだろう。
そのようなわけで全篇にわたってすばらしい距離の演出や色彩の演出に溢れており、画面外での音声の処理などにも才気が感じられるのだが、私は中でも小道具の使い方に驚かされた。長兄マディが見つめているボディ・ビルダーのポスターなどもそうだが、とりわけ「タイヤ」だ。雪に覆われた荒野や斜面を行くラバに積まれたタイヤ。ここで繰り広げられている過酷な労働の正体とは、本来は「乗り物」を構成する一部品であるはずのタイヤを「運搬」するという一種の倒錯(理不尽、と云ってもよい)であり、それとともにそこにおける暴力的な「白」の風景が私たちを圧倒する。ラストシーンに覚える安易に絶望と呼ぶことさえ躊躇われるような云い知れぬ感覚は、アヨブの願いなどまるで聞き入れないかのようにごろごろと無情に雪の斜面を転がっていくタイヤがもたらすものだ。私たちはタイヤをタイヤとして使うことしか知らない。しかしこのイラン-イラクの国境地帯ではまだ年端もいかぬ子供がラバとともにタイヤを運び、それが斜面を転がっていく光景を前にして助けを求め叫んでいる。そして、それでも彼はまた弱々しく力強い一歩を踏み出すのだ。
ゴバディは「画面で語る」とはどういうことであるかを知っている。『酔っぱらった馬の時間』はまぎれもない映画的傑作である。
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