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[コメント] 糞尿譚(1957/日)

議論の余地なく野村芳太郎喜劇の頂点。人間の条件を捉えたこの画期的な記録が他のジャンルで残されることは想像し難く、喜劇って素晴らしいと思わされる。本作のギャグは『三里塚』シリーズで実地に応用されることになる。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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本作最大の美点は汲取業の詳述。伴淳の会社は苦労の末に市の指定業者になっている。バキュームカーは登場しない。普通の2トンほどのダンプ(ブレーキは潰れている)が肥桶をぎっしり並べ、両天秤に肩にかけて運んでいる。肥は農家に販売しているが「君の処は薄い」と苦情を貰っており、伴淳は市役所清掃課で課長の渋谷天外に役所や学校は尿ばかりだと云い返している。市長さんにも陳情したいがこんな汚い話していいもんだろうかと伴はギャグ飛ばして役所の面々を怖れさせている。会社は鉄道のガード下にあり当時のことゆえ小便がしぶきになって垂れてきている。伴淳は宴席では芸者に月のものが糞尿に交じるという究極の親爺ギャグを飛ばしている。伴が久々に戻った我が家では妻の村瀬が畑に柄杓で肥撒きをしている。

伴は糞尿汲取の組合化を模索しているが、アプローチした同業の渡辺篤には裏切られてしまう。渡辺は牛に肥桶積んだ大八車を曳かせており、クルマを買ってやると「民政党」に条件出されて脱退するがついに買ってもらえなかった。このままでは破産する伴淳。指定業者にしている市役所は予算がないの一点張り。柳永二郎に紹介された「満州帰り」(このニュアンスは判りにくい。ヤバい金もうけして来た奴、ぐらいの含みなのだろうか)の森繁に、役所は書類に弱いからと嘆願書作成を示唆され、ここで清掃業者との単価差を訴えると簡単に受領される。

事業は順調になり、かねてより事業に未練のない伴淳はこれで先祖の田畑を買い戻そうと森繁の作成した市へ売却の契約書を読みもせず判をつくが、柳、森繁の姦計で自分の取り分が25%だけと知ってすっかりやる気を失くす。この、なぜ1/4では駄目なのかについて明確な説明がないのが以降の動機を弱くしていて残念なのだが、これが気にならないほど、すっかりやる気を失くした伴淳の表出が実に素晴らしい。切ない顔して俯いて、渡辺篤と渋谷天外とやたら盛り上がる居酒屋。村瀬の処で田畑買い戻しの不首尾を告げると、あんな父ちゃんいらんと息子に駄目押しをされる。

余った糞尿はごみ埋め立て地のなかに投棄場所が(トタン屋根を斜めに組んで)設けてあるのだが、市予算と処理単価の件で憾みを買ったらしく清掃業者から乱暴され、ついに堪忍袋の緒が切れる伴淳、地平を遠く棚引く黒煙がソ連映画みたいで迫力があり、これバックに糞尿をそこいら中に巻き散らかして市役所突入(カラー映画ではできない描写だ)、契約書類を破くというカタルシスがもの凄い。話の細部とは別に、伴淳はお前らウンコしないのか、と怒っているように見えた。ラストは村瀬と畑仕事する静かなショット。借地のまま小作人のまま農業に復帰したということなのだろうか。小説は戦前のものだが、映画は戦前戦後どちらを描くものだったかは判然としない。

本作もまた伴淳の傑作だ。名古屋の河村市長は清掃業出身らしく、私は彼の政策に賛同することは全然ないのだが、エリートらしくなくて庶民に好まれる彼のようなタイプはこういう苦労から生まれてくるのだろうなあとは思わされる。私は清掃業の業者さんと仕事を長くしたものだったが、本作のウンコトークなど懐かしいギャグだ。渋谷天外の役人も素晴らしい。昭和11年若松と冒頭に字幕で特定されており、若松市と市教委は協力とOPタイトルに表記されている。政治的な話まで盛り込まれているのだからこれは特別なことだろう。

収集作業員のうち山茶花究は在日コリアン。寿限無の話をしかけると逃げてしまう少年は何だったのだろう。「伴淳・森繁の糞尿譚」というタイトルでも通っているが、私の観たプリントは三文字だけ。譚は「だん」とルビが打たれてある(当時のポスターも同様)。なお、実際に糞尿を警官にぶちまけたドキュメンタリーに『三里塚』シリーズがある。

(評価:★5)

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