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[コメント] 藤十郎の恋(1938/日)

オープニングクレジットで「長谷川一夫」の右肩に「林長二郎改め」と出る、彼の改名後(それは松竹から東宝への移籍後)第一回作品だ。前半は特に気にならなかったが、後半になって左頬の傷が痛々しく見えるショットがあった。
ゑぎ

 また、私が見たのは、95分版だが、JMDB(日本映画データベース)などには、122分と書かれているので、きっと短縮版なのだろう。確かに、JMDBの配役リストに記載されている出演者、例えば、伊達里子清川玉枝高峰秀子は発見できなかった。もっとも、短縮版かも知れないが、プロット展開については不足があるような違和感を覚えなかった。

 さて、タイトルの藤十郎は長谷川演じる狂言役者。冒頭から、芝居小屋の内も外も、クレーン撮影で凄いモブシーンをとらえており、非常にテンションの高い演出の連続なのだ。拍子木や団扇太鼓による音の演出も相乗効果を上げている。技巧的には絶好調ではないだろうか。近松門左衛門−滝沢修に頼んだ新作戯曲を待っていて「春が来てしまった」という字幕が入る場面の長いモンタージュ(小川、草花や蝶、水車、ブランコをする幼女、友禅染の反物など)なんかも非常に清冽な効果があるが、何と云っても、待っていた戯曲「おさん茂兵衛」の「役の工夫」をつける場面からラストまでの畳み掛けには圧倒された。それは、昔からよく知る座付茶屋の女将−入江たか子に偽りの恋の告白をし、彼女のリアクションをもとに、女形に演技指導する、という方法を取るのだ。この映画らしい虚実の扱いが実に面白いと思う。

 さらに、入江は長谷川に告白され、彼に恋焦がれるのだが、自分は芸のための道具にされたと、噂で知ることになる。本番前日の公開稽古のシーンか、稽古を見つめる入江の双眸のエクストリームなアップの二重露光が強烈だし、芝居本番直前に、入江と長谷川が対峙するシーンで見せる、ドリー寄りと無言で入江が奥へ歩き去るショットのカッティングも冴えている。これに対照的な、長谷川の短いフラッシュバックのモンタージュはサブリミナル効果のように、入江に迫った時のショットや近松−滝沢のショットが挿入されるのだ。4月で桜が咲いているというのに、雪が降って来たという科白があり、芝居小屋の外の沢山の傘を見せる演出が厳しくて見事だ。

 できれば高峰秀子らの出演シーンが残っているバージョンを見てみたいと思うが、私が見た短縮版(多分)も、これはこれで、必要十分な、いや逆に、無駄の無い、タイトなプロット構成に感じられた。

(評価:★4)

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