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[コメント] シービスケット(2003/米)

描くべきは馬
ペンクロフ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







シービスケットという名馬というよりも、シービスケットを巡る人間たちの物語。しかし彼らのドラマは冗長かつコマギレで、感情移入以前にまず興味が持てず。では面白いのは競馬がらみの場面ということになるのだが、この映画は馬主、調教師、騎手の立場からしか競馬を描いておらず、大衆の視線というものが存在しない。これではなぜシービスケットが国民的な英雄になりえたのかがわからない。言うちゃ悪いけど、馬主の家庭の事情なんか興味ねえんですよ。

原作は綿密な取材によってシービスケットに関わった複数の人間の思惑を浮き彫りにしているのだが、映画の人間ドラマはことごとく舌っ足らずでうまくいっていない。単純にシービスケットを主役に据え、シービスケットの目線から物語ればよかったのではないだろうか。シービスケットの誕生から引退までを追っかけて、馬主や調教師や騎手には現れては消えてゆく脇役になってもらえばいい。原作無視も甚だしい話なんだけど、映画には映画のやりかたがあってもいい。

なぜなら馬中心主義(岡部幸雄用語)で描いたウォーアドミラルとのマッチレースのくだりは、この映画の中で突出して面白かったからである。もの言わぬ馬が主役でも映画は成り立つし、それで周囲の人間を描けなくなるなんてことはない。

この映画は、もうひとつ巨大なミスを犯している。シービスケットのラストランとなったサンタアニタハンデで、騎手ジョージ・ウルフのとった行動だ。ウルフはシービスケットに自分の騎乗馬の馬体を併せ、シービスケットの奮起を促す。なぜならシービスケットは他馬の存在によって勝負根性を発揮する馬だからであり、これによって奮起したシービスケットは怒涛の追い込みを決めてサンタアニタハンデに勝利する。ウルフの援護はシービスケットとレッド・ポラード最後のレースへの餞(はなむけ)になったと。美しい友情であると。美談であると。感動であると。

ふざけるのもいいかげんにしろと思った。友情があろうが愛情があろうとも、いやあればこそ全力でシービスケットを負かしにいくのが競馬である。大衆はこんな茶番に現ナマを突っ込んでいるのではない。もしこの行動に言い訳が成り立つのなら、ウルフの騎乗馬が出走できただけで御の字というレベルの駄馬である場合だけだ。そんな前フリはなかった。ウルフの行動は、はっきり軽蔑に値する。こんな描写は原作にはないし、現実にはウルフもおそらくこんなことはしなかったのだ。これは実在した騎手ウルフに対する侮辱であると同時に、ズバ抜けた存在感と本物の面構えでウルフ役を好演した米国トップ騎手ゲイリー・スティーブンスに対する侮辱だ。さらにはシービスケットの勝利そのものを貶める描写でもある。

レースシーンの撮影は、文句なしに素晴らしい。それだけに最後のサンタアニタハンデは残念でならない。映画の作り手にとって、競馬がどれほどのものであるかが露呈してしまった。賭けていないやつが競馬を語る危うさが、モロに出た場面だった。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (10 人)maoP 笹針放牧[*] ganimede shaw トシ[*] あき♪[*] プロキオン14[*] tredair 甘崎庵[*] らーふる当番[*]

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