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[コメント] イノセンス(2004/日)

愛するという行為の対象の実体は何かについて。
ロープブレーク

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







前作の押井守版『攻殻機動隊』で、広大なネットの海に身を投げ、リアルな存在を消してしまった少佐。

少佐ロスのバトーと、それを気遣う仲間たちの描写が丁寧で、まるで短編小説のような味わいの映画に仕上がっている。

バトーは失恋したのだ。少なくとも現象面においては。そして彼の心理的打撃はそれを裏書きしている。

実在する相手との恋愛は、それが何によって構成されているかについていちいち考察する必要がない。100%の相手が目の前にいるからだ。 その相手が物理的に不在のときは、実在を思い出せばよい。

しかし、この思い出すという行為が有効なのは、不在の状態が永遠では無いという思い出す側の者の心理があって初めて意味を成す。失恋や死別によって愛する対象の不在が一時的ではないことを認知したとき、思い出すという行為はその根拠を失う。

愛は、物理的存在の継続が確証された、唯一個別性を持った相手との相互的な心理状態のひとつである。

人間は精神と肉体の融合物であるという古い二元論で恋愛を考えたとき、唯一個別性は精神にも肉体にも還元すべきであろうか。 義体は物理的な存在である肉体がその唯一性を失ったものである。人形との違いはハンドメイドか量産かの違いしかない。映画では人間とクローンの関係との構造的同一性も示唆される。つまり義体は、肉体の唯一個別性に疑問符を投げかける存在であり、そのことは肉体を恋愛の対象から遠ざける(人形への愛がナルシシズムであるのは、人形に唯一個別性の虚構を担保しているのが人形へ愛を注ぐ個人の投影だけであるからだ)。

少佐は、人形の一つに、少佐曰く「精神の一部をダウンロードすることによって」バトーの目の前に再び現れる。その時のバトーの満たされた感のある反応から、バトーにとって少佐の精神こそが愛するという行為の対象の実体であることが示される。ハイレグを纏ったスレンダーな素子の肉体はバトーにとって愛の構成要素ではなかったのだ(田中敦子の声は構成要素の一つだったかもしれない可能性はある)。だが、ネットとつながった精神は、義体のように精神の唯一個別性に疑問符を投げかけてしまうのではないだろうか。

物語は、少佐が再び現実界での存在を解消することで終わりを迎える。「忘れないでバトー。あなたがネットにアクセスする時、私は必ずあなたのそばにいる。」と言い残して。

これでバトーが満たされてしまえば、バトーは立派なクリスチャンである。一度しか復活しないキリストが、非肉体的な存在として常にそばにいることを心から信じて幸せハッピーだからだ。そしてキリスト教において、神の愛という神の精神性の唯一個別性は、神が唯一絶対であるという定義によって担保されている。 もしバトーが、再びの少佐の消失後に、またもや少佐ロスの日々に陥ってしまえば、バトーはノンクリスチャン的ということになる。押井守はそこには踏み込まない。この映画は外面的に受ける印象ほどには、宗教的あるいは哲学的なものではないのだろう。

バトーの結末を書かないことで、日本と欧米との両方でのヒットを狙い、背景描写で中国市場まで視野に入れている押井守はあざとい。しかも、世界が中国に征服されてしまったかのごとき背景描写は、文化の多様性が背景にも描かれていた原作漫画からの改変であり、政治性を帯びた解釈をせざるを得ない昨今の国際環境下で、全く私の趣味ではないのだが(中国ヘイトはありませんが街の景色が中国一色なのはちょっと違う)、背景がテーマと連動していないため、この作品の価値とも連動していない。この点は計算ずくだろう。

それでも、即ち原作ファンの私が攻殻機動隊の映画に求めるものとこの映画が差し出すものが違っても、この映画が優れた作品であることを、私は否定できない。ペダンチックな台詞や過剰な作画で満艦飾に彩られた無意味さが幻惑する作風が(少なくとも私にとって)嫌悪感に至らずに成立しているのは奇跡的だと思うからだ(このシネスケのレビューでも高評価が多いので奇跡は客観的に成立している)。それに、感想がこんな風に理屈っぽくなるのは、『仁義なき戦い』を見た後で広島弁になるのと同じで、映画として力がある証拠だ。

ただ、攻殻機動隊の続編であるならば、やはりもう少し原作の問題意識の線に沿った、つまり「THE GHOST IN THE SHELL」(原作1巻の英語タイトル)ではなく「MAN MACHINE INTERFACE」(原作2巻の英語タイトル)に寄った攻殻機動隊がそろそろ見たいのである。

(評価:★4)

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