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[コメント] ドーン・オブ・ザ・デッド(2004/米)

ゾンビに速度は必要ない。
kiona

鬼ごっこが見たいだけなら満足できる。終末の景色が見たいなら、画面の「此処」ではなく「何処か」で何かが起きていた冒頭十分だけが秀逸。逆にそれ以降なら、『28日後…』の方が気が利いている。ゾンビに向き合う人間の苦悩も然り。そしてゾンビ自体の描写はやはりオリジナルに到底及ばず。力強く走り寄るゾンビに迫力はあっても主張はない。

健常者顔負けの勢いで駆けつけるその脚力或いは筋力は、皮膚と反して腐乱と無縁なのだろうか?彼らはエイリアンやクリーチャーではない。そういった健康体とは対極にあるはずの存在だ。そして、彼らに対して感じるはずの真の恐怖は、彼らに追われて発生する以前に、彼らを観ることによって発生するもののはずだ。

それはクリーチャーのそれと等価でしかない迫り来る「物質的」「肉体的」脅威ではなく、認識の恐怖――自分のそれと変わらぬはずだった肉体が腐乱に蝕まれ、理性や思考が絶望的な渇きに取って代わられる様を見てしまう恐怖、自分の肉体もいずれそうなると想わずにいられない恐怖。ならば、苦もなく駆けつけてくるのではなく、走り出そうとした瞬間、腐りゆくその足が飢えに駆られるも応じられず崩れたのを目の当たりにした時、我々は真の恐怖を感じたのではなかったか?

腐乱に速度は必要ない。何故なら、それは今すぐでなくともいつか必ず追いついてくる。むしろ、いつか必ず追いついてくるからこそ、低速であった方が恐ろしいのだ。

(評価:★3)

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