[コメント] パッション(2004/米)
キリスト教の教義においては、あの体罰はキリストが全人類の犯した罪に対する罰を一身に受けたものなので、作品の上で当然必要とされる描写だったはずである。にもかかわらず、アメリカで社会現象になったことから想像すると、多くのアメリカ人は「ゴッド・ブレス・アメリカ」と、キリストに救済を求めはするものの、キリストが彼らの変わりに受けた受難から眼を背けていたのではないだろうか? メル・ギブソンはそれを浮き彫りにしたかったんだと思う。
一日本人の私にとっては、『ベン・ハー』より具体的で勉強になったものの、(体罰は直視できないものを想像していたので)意外に普通と感じた。しかし、劇場の席を離れる人が何人かいたように、他の映画の体罰のシーンにはない、残虐なまでのリアルさと荘厳さがあったのも確か。
付記(素人分析ながら)
冷酷非道のパリサイ人(ユダヤ人の指導者)がでてきますが、聖書内のこの記述が後に拡大解釈され、ユダヤ人がキリスト教徒によって迫害されるに至った背景も、本作は十分に描いています。そして、このテーマのメル・ギブソンの答えは、キリスト(ジム・ガヴィーゼル)の台詞で明確に断じられています。
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蛇足ながら私見として・・・、
仏典に親しまない日本人の多くが、仏教を背景とした邦画に違和感を感じないように、キリストを描いた本作を鑑賞するに当たり、異文化への違和感こそあれ、その理由として聖書を読む・読まないを挙げるのはあんまり適切でないと思う。キリスト教への関心=聖書への関心ではないと思う。私も聖書をまともに読んだことはないが、聖書でなくても、映画、文学、漫画など、キリストのこの逸話は数多く引用されているように、本作はその一つとしてより直接的に映像化してくれたものと考えればいいだろう。わからなかった部分は、きっと何かの機会で補えるでしょう。全くはじめての方も、キリスト教圏の人と接する上で、今後の為になるのではないのでしょうか?
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