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[コメント] 悪い男(2001/韓国)

眼は口ほどに。とにかく眼が凄い。本作のチョ・ジェヒョンは『タクシードライバー』のトラヴィスロバート・デ・ニーロ、『白痴』の赤間三船敏郎に並ぶ私的三大眼力です。ガラスと鏡による、写る世界と映る世界の映画的表現も見ごたえ十分です。
スパルタのキツネ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







これは、観た人によって感想が大きく異なりそうな作品ですね。以下、いつもの如く?ごく私的な解釈ですのであしからず。ハンギの視線の変化とその表現方法がとっても印象的でした。

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黙って見守る恋もある、なんて聞きますが、本作の主人公ハンギもそれに近いものがあると思います。ただ、同じ見守るでも、ハンギの場合、自分の檻の中に彼女(ソナ)を囲うことが前提です。このようなハンギの感情は、狙った獲物を自分のものにする、云わばハンターの感情とでも言うべきでしょうか。

ソナとの出会いは衝撃的です。このときのハンギの視線が得物を「狙う」眼であったことは一目瞭然です。全体を通して、2人のキスがこの時の強奪的キスだけということを考えると、標的にマーキングしたようでもあります。その後のハンティングでは、ソナがあっさり餌に食らいついてしまったのはちょっと頂けませんが、これはソナの未熟を演出する意図も含まれているのでしょう。

この後、彼女を檻に閉じ込めてからのハンギのソナへの眼にぐいぐいと惹き込まれました。あの視線を恋と捉えるか?後悔と捉えるか? で、ここから先の解釈が分かれるところですが、私はそのような感情ではなく、ソナの変化をただ「見守る(観賞する)」視線のように感じました。そして、不幸なソナも自分の感情とは裏腹に(ハンギに観賞されていく中で)次第にきれいになっていく様子も感じ取れました。

ハンギは決して手を出さず、檻の中のソナを見守り続けます。しかし、子分のミョンスがソナに惚れたことで、ハンギによるハンティング計画がソナの知るところとなります。ソナはあまりの衝撃にわれを失い逃亡を図りますが、ハンギは大事なソナの逃亡を許しません。この段階におけるハンギにとってのソナは、大事な人ではなく、傍においておきたい”大事なもの”だったのではないでしょうか? ミョンスがそんな”大事なもの”ソナに惚れたことは所有者ハンギにとっては意に介することではありません。 そんなハンギの内面をもう一人の子分ジョンテはガラス越しに覗いてしまいます。

--- 注釈 ---

ハンギをはじめて見られる立場としたこのシーンは大変意味深いと思う。本作は”ガラス”に象徴される「写る」世界、すなわち「見る」世界と「見られる」世界、と、 ”鏡”に象徴される「映る」世界、すなわち「見える」世界と「見えない(感じる)」世界を映画的に巧みに表現していた。

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ある日、ハンギとソナに大きな変化が訪れます。ハンギの宿敵ダルス一派が街に戻ってきたのです。ハンギは自らのテリトリー(檻)を守る為、文字通り体を張ります。私はこの段階でもハンギが守りたかったのは、ソナではなく、”檻の中の”ソナだったんだと思います。ジョンテは重傷を負ったハンギの報復(殺し)を行いますが、捕まったのはハンギでした。

殺人の罪で投獄され、自らが檻に入る立場となったハンギは、ソナを檻から解放させます。しかし、既に心までもハンギに奪われてしまったソナはどこに行くことも出来ず、ジョンテとともにハンギを尋ねます。このとき、死を間近に控えたハンギのソナへの眼は「見守る」眼から「彷徨う」眼に変わっています。ここでハンギの気持ちが一気に揺らぎます。

ジョンテの恩返しにより死の淵から逃れたハンギは、ソナのもとへ戻ります。しかし、以前のように「ガラス」の向こうのソナを見守ることが出来ません。このときはじめてハンギの眼はソナを「想う」眼になります。 そして、ソナに「明かり」を送ります。「鏡」越しのハンギの存在に気がついたソナは、今まで感じていたあれ(=写真の欠けた部分)は「ハンギの眼」だったと悟ります。ハンギの眼がソナを「想う」眼になってはじめて、ソナはハンギの眼を「感じた」のです。

ところが、後にミョンスに対し「ヤクザもんが、恋をするな」と本作ではじめて口を開いた!ように、ハンギはソナへの抑えがたい感情を振り払うため、別れる決意をします。言うまでもなく、この台詞はミョンスに向けたものではなく、自分に向けたものでした( 注釈:この台詞が、ソナに恋しソナを抱いたミョンスに対して、嫉妬や憎しみを帯びた台詞でないことは、ハンギの恋愛観を物語っており、ラストへの伏線となっています)。そして、ハンギがあの時ソナへ送った明かりは、ソナにとっては絶望の淵に差しこむ明かりであっても、ハンギにとっては別れの合図だったのです。

ミョンスに刺され、意識を取り戻し、背負うものの無くなったハンギは町を出ます。ソナもまた街をさ迷い歩きます。やがて2人は海で再会します。もう、2人の間にはガラスも鏡もありません。もう、ハンギはソナを囲う必要はありません。もう、ソナは逃れる必要はありません。

2人は、風通しのよいトラックで2人だけの旅を始めるのです。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)プロキオン14[*] Yasu[*]

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