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[コメント] LOVERS(2004/中国=香港)

 この映画には、“強さ”という武侠片の根幹を成す要素が決定的に欠けている。チャチな恋愛物になっているのはそのせいだ。
にくじゃが

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 武林においては力が全てを支配する。様々な“強さ”に人々は群がり、門派が結成され、強さによって上から下までの階級が形成される。

 そのため、武侠片においては殺陣のシーンが何より重要になる。殺陣のシーンの完成度・美しさ・力強さによって、戦うもの同士の能力差、今後の話の展開などが判別できるようになっている。主人公がヘナチョコだと金庸型(=修行してボスを倒す)かしら、主人公が圧倒的に強いなら古龍型(=強いが故に世間のゴタゴタに巻き込まれる)かしらというように(ものすごく大ざっぱなわけかたですよ)。

 はてさて、この映画ではどうか。小妹は組織の中で刺客として送られるほどの腕の持ち主であるはずだし、随風もそうらしい。それならば上の分類だと古龍型になるのか。それならば、殺陣において主人公と雑魚キャラとの間の能力差をはっきりと示す必要が出てくる。そうすると「こんだけ他を圧するほど強くても、世間のしがらみから逃れられない悲しさ」とか「快刀乱麻を断つ活躍ぶり」とか「同等の力を持つものたちの決戦」などが際だつわけだ。

 だが、小妹と随風は雑魚キャラを相手に圧倒的優位に立っているようには見えない。やつらの強さを示すシーンは、小妹には劉との遊郭の場面しかなく(劉の強さを見せつけるシーンはほぼ無し)、随風に至っては小妹に口頭で「剣の達人ね」と説明されるだけだ(弓は実演があたったな)。こいつらはギリギリ、または追いつめられっぱなし。(政府直属の軍隊は強くて当たり前と言っても、そんなに強いんなら、もっとはやく飛刀門を壊滅さすことができただろう。)

 強さの説明が微妙なために、こいつらが組織の中でどのような位置にあるのかよくわからん。上役なのか、下っ端なのか。そして地位が曖昧なため、彼らの背負っているものが見えてこない。(小妹が本当にドンの娘だというならまだわかりやすかった。トップに近いものの裏切りは下のものに大きすぎる影響を与える。そしてトップに近いものほど大抵は周りや下のもののことを気にするものだ。だから裏切るかそうしないかの葛藤がおこり、それがドラマとしての盛り上がりになる。)そして、なんだか判らない奴らの戦いだと、どうしても戦いのスケールが小さくなる。それは降りしきる雪や和田恵美でも誤魔化しようがない。

 ラストバトルはそんなこんなでしょぼい。背負っているものを感じられないだけでなく、立ち回りがへたくそだ。ただの殴り合いに毛の生えたようなもの。あれはリアルファイトを目指しているんだとか言いやがったら怒るよ。豆飛ばしてたくせに。飛刀を手裏剣みたいに回転させたくせに。 金城はアクション全然ダメだから仕方ないよなんて、言い訳にもならん。エンドロールを見る限り替身(しかも金城専用の)は大勢いる。ちゃんと仕事しろよ、チン・シウトン。 “強さ”が全てを支配する世界、その“強さ”を表現できていない。縦社会のしがらみのない世界なら、あれこれ悩む必要もないだろ。惚れたはれたもかってにしやがれ。

 それと、登場人物の設定にも問題ありだ。風のように自由に生きる男のくせに、宮仕えの身である随風。そのことについてたいした悩みもなさそうだ。物語後半では劉が飛刀門の一員であることが判明するため、随風が政府軍代表のようになってしまうのに、やつ自身には政府のために働く意識が希薄のように思われる。(やつを自由人という設定にしたいのならば、職業を雇われ用心棒にでもしてしまえばいいではないか。中途半端なキャラだよ。)そうすると、政府側の人物はほとんどゼロ。バランス悪すぎ。飛刀門の側に登場人物が集中しすぎ。飛刀門にはボスが登場するんだから、政府側に皇帝でも登場させとけばちょっとは政府側の強度も増しただろうに。

(評価:★2)

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このコメントを気に入った人達 (8 人)ゑぎ[*] ムク ミルテ[*] シーチキン[*] 鵜 白 舞[*] 某社映画部[*] makoto7774[*] Myurakz[*]

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