[コメント] 科学忍者隊ガッチャマン(1978/日)
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TV版は既に省略傾向にあった人間の顔に涙腺まで描くという細かくて濃い人物描写と、それぞれ個性的な主人公達。ギミック付きのメカニック。SF的どんでん返しを旨とするストーリー運びなど、今から考えても素晴らしい作品だった。
ただ、それだけ大変だったのは確かだそうで、なんでも延べにして当時のアニメ一本にかかる時間の倍がかけられたそうだし、毎週毎週の物語を作るだけでスタッフはもの凄く消耗したという。しかもそれを丸二年もやったため、終了後、タツノコではもうSFは作りたくない。という意見が主流を占め、しばらくの間封印されていた。
それで5年ほど経って、そろそろ。ということもあってか続編が作られることとなったのだが、既に大分時間も経過していたため、そのおさらいも含めて劇場公開されたのが本作。なんせ製作総指揮として岡本喜八が入っているくらいだから、その力の入れようも分かろうというもの。
本作は完全新作ではなく、テレビのエピソードを取り上げて作られた総集編的作品なのだが、なかなか思い切った方法を使っている。二年間の物語(ほとんどが単発)を連ねていくのではなく、TVで使われた印象的なエピソードを上手くつなぎ、一本の映画として作ったと言うこと。
「ガッチャマン」を語る際、どうしても避けて通れないのがコンドルのジョーの死が描かれた最終回で、これを入れるのはもちろんだが、それ以外に重要な物語として、主人公大鷲の健は孤児として育っていたという設定がある。ところが実は健には父親がいたというエピソードがあった。この話は何話かに渡って作られ、健が敬愛するヴェテランパイロットの登場→共闘しながら、戦いに対するプロフェッショナルな割り切り方に反発を覚えていく→父親である事が発覚→父の死。という一連の物語となっていた。そのエピソードを取り出して物語の中核に据えている。
お陰で健とジョー以外のキャラは割を食ってほとんど目立たなくなったが、物語はちゃんと一貫性のあるものとして仕上げられて見応えも結構ある。ストーリーのつなぎも良いので挑戦の割には上手く言った作品だろう(勿論健とジョー以外のファンは不満だろうけど)。
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