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[コメント] 2046(2004/中国=仏=独=香港)

女の心が見えぬまま、恋に幕を引かなければならないという選択をした男。代償として生まれた愛の欠落と精神の彷徨。叶わぬ願いと知りながら、全てを無に戻したい、いつか戻せるかも知れないという原点への回帰願望が、何も変らないという場所「2046」。
ぽんしゅう

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







シンガポールで恋人と全ての財産を無くした女(カリーナ・ラウ)が戻った場所。日本人ビジネスマン(木村拓哉)との仲を裂かれた女(フェイ・ウォン)がこもり、再び旅立った場所。プライドの高い水商売女(チャン・ツィイー)が恋に落ち、僅かな金で男を引きとめようとした場所。全てが始まる2046号室。

その「2046」の一歩手前の隣室で、チャウ(トニー・レオン)は何時たどり着けるのか分からない「2045」を未来の物語として綴ることしかできない。この官能的で耽美な男と女たちの切ない物語は、そのままウォン・カーウァイ監督の東アジアの歴史への割り切れなさ、そしてとりわけ中国の将来への不安を強烈に暗示しているように見えた。

それは2046年という年が、東アジアの歴史の上で二つの意味を持つ年と符合するからだ。一つは、米・英・そして中国によって発せられたポツダム宣言の受諾により、日本が全面降伏し太平洋戦争が終結したのが1945年。これにより、中国や香港そして東南アジアの国々が日本の占領から解放され新たな歴史を歩み始めた年である。そして1945年からちょうど100年を経て、新たに次の世紀を歩み始めるのが2046年という年。

もう一つ、香港が中国に返還されたのが1997年。この時に高度に発達した資本主義経済圏・香港と社会主義国・中国が混乱なく相容れるために、中国は香港を特別行政区に指定し自治権や私有財産を認め資本主義体制を変更しないと宣言した。まだ記憶に新しい、いわゆる「一国二制度」だ。この法律の有効期限は50年間、つまり2046年ということになる。それ以降、この宣言は撤廃され、香港はあらたな体制下に置かれる可能性がある。

この作品が、中国の文化大革命と同時代に進行する物語でありながら『2046』という近未来の物語でもあること。そして、傷ついたチャン・ツィイーが憧れ、失意のトニー・レオンが逃れた癒しの場であるはずのシンガポールで出会うプノンペン(カンボジア)からやって来た、左手の手袋をはずせない「過去」を持つ女(コン・リー)の存在まで含めて、この耽美に彩られた恋愛ドラマの底にウォン・カーウァイ監督が忍ばせた、現代の香港とそれを取り巻くアジアの国々に対する不安と痛みを痛切に感じた。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (9 人)KEI[*] HW Orpheus 牛乳瓶[*] sawa:38[*] 町田[*] エピキュリアン[*] レディ・スターダスト[*] ゆの

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