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[コメント] 香港国際警察 NEW POLICE STORY(2004/香港=中国)

異常なほど「回転」にこだわったアクション映画。一度は倒れた独楽が、また回りはじめる物語。いつもより多めに回しております。
アブサン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ジャッキー・チェンアンディ・オンの戦いは回し蹴りや宙返りなど、回転するアクションが多用されている。相手に蹴られれば回転しながら倒れ、攻撃を避けるときは床の上を転がり、銃を奪い合ってはクルクル回り、とにかく独楽のように回転しっぱなしだ。

もともとジャッキーは、打撃を喰らって回転しながら吹っ飛ぶ「香港スピン」という、香港映画でお馴染みの表現を開発した人でもある。以前から効果的に回転アクションを使っていた。しかし、意識して見てもらえればわかる通り、この映画はいつもよりも激しく回っている。明確に、回転をテーマにアクションが設計された映画だ。

ジャッキー自身もそうだが、特に敵のアンディ・オンが回転を主体にした格闘スタイルで描かれている。初めて見たときは、ここに違和感があった。ゲーム感覚で人を殺し、警察を嘲笑って喜んでいる犯罪者がジャッキーよりも華麗な動きで戦う演出が気になったのだ。

回転という動きは、ダンスのような優雅さや美しさ、余裕などのイメージを持っている。どちらかと言えば主人公の側にこそふさわしい動きだ。たとえばブルース・リーの連続回転蹴りもダンスを参考にしたと言うし、リー・リンチェイも回転の動きで非常に美しい印象を与えるアクション俳優だ。ジャッキーは観客を楽しませるためにわざと雑多な動きも取り入れたアクションをするので、若手のアクション俳優が回転主体の振り付けだと、当然若手の方が綺麗な動きに見える。

この映画のアンディ・オンもそうで、彼の動きは勢いがあって暴力的な印象もあるが、それでもやはり無軌道に犯罪を重ねる若者としてはミスマッチなほど奇麗なアクションをしている。振り回される髪やジャケットの印象も相まってまさに「華麗」と形容するにふさわしい動きで、この映画で彼のアクションに惚れた人も多いと思う。

ただの犯罪者の若者なら、もっと殺伐とした、直線的で合理的な格闘スタイルにしてもよかったはずだ。たとえば銃は、それこそ直線的で合理的な殺人の道具だが、アンディ・オンは銃よりも肉弾戦を好む。ここで何かアンビバレントなキャラクター造形がされていることがわかる。もしかしたら、この若者自身がどこかで主人公気取りだったのかもしれない。だが映画を見ていくと、回転にはそれ以上の意味が込められていることが判明する。

序盤の倉庫での戦いの一戦目では、仲間を救うためにジャッキー自身が前蹴りや膝など、「直線的な動き」で戦っていたのだ。その結果、負ける。そして二回戦目は、ジャッキーが「回転する動き」を織り交ぜた戦い方に変化し優勢になる、というアクション設計だ(が、時間切れで仲間は殺される)。つまりここで、「回転という動きはこの映画における強さの象徴」でもある、と提示されたわけだ。ダニエル・ウーとの拳銃組み立て対決のようにルールとして示されたのだ。

仲間の救出に失敗して以降は、失意に暮れたジャッキーがフラフラと酔っ払う姿が描かれる。千鳥足でフラフラするが、回転するだけの力はなかった。そしてそこから復活を遂げたジャッキーは、回転の動きを取り戻す。チンピラを捕まえるときも覚束ない動きながら辛うじて回転している。元同僚のカジノを捜査する場面では回転椅子を使って回りながら戦っている。

そして、クライマックスのレゴ売り場での格闘戦では、印象に残るアクションはすべて回転だ。

回転蹴りを多用し、足を掴まれて振り払うときも、リュックが裂けて札束が舞うときも、アンディ・オンの攻撃をかわしてジャッキーが反撃する瞬間も、全部のアクションで二人はクルクル回転し、ゴロゴロ転がりながら戦う。

勢いに任せ、拳や足をブンブンと振り回して攻撃するアンディ・オンを、ジャッキーは巧みに制御された回転の動きで上回っていく。冒頭、警察署の場面でジャッキーが説教していたように、これは大人と青年との関わりを描いた映画だ。この映画の強さとは、大人の強さだ。若者の暴走を真正面から受け止めて更正させるために、ジャッキーは多彩な回転を使いこなして戦う。

戦いが進むにつれ、回り続けるジャッキーとは反対に、アンディ・オンの動きからは回転する余裕が失われていく。直線的な攻撃が増え、最終的には、椅子を武器として使い出す。中盤のジャッキーは回転椅子を使ってクルクルと回りながら戦ったが、アンディ・オンの攻撃は「椅子の足を前に突き出す」という、非常に「直線的な動き」で演出されている。彼の攻撃をジャッキーは正面から受け止めてそのまま巴投げで倒し、二人の決着がつく。これもまた絶妙な演出で、同じ投げでも背負い投げなら投げられる側が回転するが、巴投げは「投げた側が回転する」のだ。相手の攻撃を正面から受け止めた上でその力を利用して倒すというのも、この映画のテーマに沿った決着だ。

ジャッキーに完膚なきまでに圧倒されたアンディ・オンは、「仲間からの銃弾」という直線的な攻撃を受けて致命傷を負い、ジャッキーは「手を振り回して」警察隊に助けを求める。銃撃を受けた二人が二階からボールプールに落ちるときにも、ジャッキーだけが「宙返り」していた。回転は強さの象徴と書いたが、この映画では回り続けたほうが勝つのだ。芯が強いからこそ、独楽は回転し続けられる。

瀕死のアンディ・オンはジャッキーを背後から撃とうとするが、自分の命を救おうとするジャッキーの姿を目にして、ついに罪を受け入れ、静かに降参する。回転という動きにはある種の余裕があると書いたが、このアクション設計はアンディ・オンが心変わりするための余地だったのかも知れない。犯罪という裏の世界に向いていた彼の心が、表へと返る。どストレートな比喩だが、こだわって描かれ続けたアクションの完成度と説得力はすさまじい。降参したアンディ・オンの手からこぼれ落ちる拳銃も、もちろん回転していた。

この映画ではアクションに限らず、アンディ・オン以外の登場人物の心も裏返ったり表返ったり、クルクルと回り続ける。自責の念に駆られて呑んだくれるジャッキー、偽警官であることがばれるニコラス・ツェー、仲間を裏切った元警察官、ジャッキーに辛く当たりながらも最後は彼を応援する同僚たち、そして、愛する恋人のために死を覚悟したチャーリー・ヤン

ラスト、爆発で顔に火傷を負ってしまったチャーリー・ヤンに「顔を背けないで」とジャッキーはいう。そして、それまで出来なかったプロポーズをする。

オープニングの警察署の場面でジャッキーが振り返ると、後ろでふざけていた彼女に気づく場面があった。その時のジャッキーは「銃」を持っていた。今は、「指輪」を手にしている。直線と回転の対比だ。今度は、チャーリー・ヤンがゆっくりと、ジャッキーの方を振り返る。

その時、彼女の表情を捉えるために、カメラが回り出すのだ。

チャーリー・ヤンの周りの景色が、世界が回転する。

「結婚してあげて!」と周りのみんなが、世界が二人を応援する。そしてチャーリー・ヤンは、ジャッキーのプロポーズを受け入れる。

それまで戦いのなかで描かれてきた「回転」が、最後の最後で二人を結ぶ役割を果たすのだ。全編を通して描かれてきた「回転のアクション」は、このための演出だった。

その後は二人が抱き合ってぐるぐる回ったりはしないのかと期待させておいて、ニコラス・ツェーが脱いだコートへとカメラがゆっくりと寄っていき、「回想という円環構造」に入っていくエンディングも、非常にニクい。

※見直していたら、アンディ・オンの服のデザインがなんか丸い穴がいっぱい空いてるやつだったんだけど(どんなデザインだよ)、これは流石に関係ない気がする

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)けにろん[*]

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