[コメント] ローレライ(2005/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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…というのは『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』に対しての鋼さんのコメントからのパクリ。 ただし元コメントの通りなら「…でも白(赤)いし許す。」と続かなければならないのだけど、本作品における「大佐」、浅倉良橘に対してはそれほど寛大にはなれない。
原作を読んだときから気になっていたのだが、物語の構造として、浅倉の思想にある程度の魅力や説得力がなければ、対峙する絹見や征人との間に緊張感が生まれない。彼の思想に力を認めた上で、それでも自分の命を賭けてそれを乗り越えようとするからこそ、絹見たちに感情移入して感動できるというものだろう。浅倉に従う人間が悪人として描かれていないことからも、彼は単なる愚かな狂人という役どころではないはずだ。ところが本を読んでも、映画を観ても、わたしには彼の「東京に原爆を落とす」という思想のもとがさっぱり分からない。ユダヤ人のように、日本人も故郷を失えば民族として再生する?民族としての切腹??何を寝言を言っているんだ、としか思えない。一応説得力を持たせるために南方での食糧不足による人肉食事件などをエピソードとして挿入しているが、いかにもとってつけた感は否めないし、映画ではそれすらぼかされてしまっているので、ますます浅倉という人間が分からなくなってしまっている。さらにさらに、映画では原作に比べて登場人物や人間ドラマを大幅に整理してしまったため、思想の対立軸が浅倉対絹見という一点に集中している。なおのこと、浅倉の思想のトンデモなさだけが目立つ結果となってしまった。
富野由悠季氏によるガンダムシリーズにおいて、常に能動的にストーリーを引っ張るのは、主人公のアムロ・レイではなく、敵役のシャア・アズナブルであった。それだけにシャアは生みの親である富野氏の理不尽な情念や思想を一手に引き受けさせられ、作中人物としての行動原理は完全に破綻していた。それでもガンダムファンたるわたしたちは、「シャアだし許す」「ガンダムだし許す」「トミノだし許す」とおうように(?)構えていられた。本作の監督も原作者もガンダムファンとして有名だが、勘違いして欲しくないのはあれは「トミノだから」許されたのであって、論理的に物語を構築しなくてはならない(つまりまだそれほど信用が無い)貴方たちにはシャアのような無茶なキャラクターの使用は明らかに禁じ手である、ということなのだ。
それ以外では。
まずCGは粗が目立つという評判だったが、それほど気にならなかった。潜水艦内の演出も、過去の名作潜水艦映画の定型から一歩も外には出ていないが、まあ無難な出来。役所広司も妻夫木聡も悪くはないが、いつも通りであまり意外性はない。石黒賢の悪役演技は分かり易すぎ。ピエール瀧のまじめくさった演技は個人的にはツボ。いいぞ、もっとやれ。
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