[コメント] キングダム・オブ・ヘブン(2005/米)
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日本人は西欧寄りの歴史ばかりを学ばされるせいか、意外に十字軍をカッコいい存在と思っている人が多いのに驚かされる。「フォーク・クルセイダーズ」(フォークユニット)、「リバプール十字軍」(アイドルポップス)、「スターダストクルセイダーズ」(漫画)などという題名が恥ずかしげもなく店頭に並ぶ所以だ。
他方、欧米人は十字軍がいかに残虐で独善的であり、ひどい結果を残したか充分に知っている。だからこれが歴史スペクタクルとして映画化されたからには、どんな苦しい言い訳を捻り出すだろうか…と自分は底意地悪く観させてもらった。だが、スコット監督はどっちつかずの凡庸なドラマしか見せてくれなかった。主人公はもとより十字軍に批判的な鍛冶屋だが、行きがかり上十字軍に属することになる。これが一気にエルサレム軍の指揮官となるまでが描かれるが、監督はやはり「十字軍→正義・イスラム軍→悪」という図式を避け、十字軍内部の腐敗を描くほうに神経を使っている。そして敵将として名高いサラディンは名将の貫禄たっぷりに描く。
それはいいのだが、そもそもこの映画は歴史にきわめて忠実に描かれたものではない。本来なら主人公バリアンを中心とする歴史活劇と見えるようなつくりで撮っているのだ。そこに齟齬が生じる。悪逆非道な敵なしに描かれた戦闘場面は、いかに火球攻撃などで派手に見せても心は躍らないし、チャンバラも主体と客体のないハートが冷え切ってしまうような撮り方なのだ。まるで風景でも撮っているかのように…(これは『グラディエーター』でも似たようなテイストを感じた)。
正直ここまで冷めた戦闘場面では、高い制作費をつぎ込んだ甲斐がないというものだ。歴史歪曲大いに上等、バリアンの痛快アクション戦争映画にしてしまった方がまだマシだったのではないか。見せられた俺は怒りまくるに相違ないが、少なくとも見せられて眠くなる観客はおるまい。
それにしても『キングダム・オブ・ヘブン』というのは随分大仰なタイトルだ。これではユダヤ、キリスト、イスラムの三大宗教者が集う一大聖地の実現を期待してしまう。描かれたような「心の中の王国」では興醒めなことおびただしい。もともとはもっと長い上映時間だったそうだが、これは2時間半で充分だ。「現在もまだエルサレムに平和は訪れない」という字幕で締めくくられても、娯楽作品でそんなこと知ったことか、と突っ込みたくなってしまうのが、エンタメ監督の悲劇といったところかもしれない。
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