[コメント] バットマン ビギンズ(2005/米)
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バートン監督が作り上げた『バットマン』(1989)はオリジナル版の“陰”の部分を強調したもので、悪に対し、本当に情け容赦なかった。悪を懲らしめることが悪なら、それも受け止める、これは私がやりたいからやっている!と言う鋼鉄の意志を持つ孤高のヒーローとして誕生したのだ。
これは目から鱗。こんな格好良い、そしてこんな身勝手なヒーローを見せつけてくれるとは!
そして本作は、『ビギンズ』の題の通り、本作もオリジナル版への原点回帰が図られているが、流石に若手随一のノーラン監督。目指すべき方向は同じでも、立脚点をまるで変えてしまった。バートン版の“闇”が舞台と悪を憎む心に集約されていたのに対し、ここでのテーマは、心の闇になっている。
ここでのブルースは確かに悪を憎む心はある。ただし、バートン版ではモチベーションだったそれが“トラウマ”として位置づけられているのが大きな特徴。だからここでのブルースは悩みまくっている。自分のこの思いは、本当に正しいものなのか、それとも、大きな間違いを犯そうとしているのではないか?だからそれが修行という形で現れる。自分が悪に染まってみることによって悪を理解しようとしたり、肉体と精神を鍛え上げようとしたり…そこで一見克服したかのように見えながらも、やはり悩みつつ悪と戦う姿がそこにはあった。ヒマラヤでラーズと袂を分かち、僧院を破壊していながら、自分の師であるデュカードを助けたところにそこは現れているだろう。実際、デュカードの精神こそが本来“悪を憎む”という意味においては正しかったはずなのだ。だが、ブルースは両親が愛したゴッサム・シティを憎む切ることは出来ない。結果として、彼は悪の温床としてのゴッサム・シティではなく、その中にある悪を一つ一つ潰していくことを選ぶこととなる。しかし、それも又新たなる彼の悩みともなっていった。この作品でバットマンはほとんど直接人を殺していない。悪を憎もうとも人を憎むことが最後まで出来ないまま終わる。
これらのことを克服することによって、一作目の『バットマン』(1989)へ続く。と言う形で終わらせたのだろう。
それにブルースの心理的なアンビバレンツを主題とするなら、ゴッサム・シティをこれまでのゴシック様式を捨て、近代建築に変えたのも理解できる。私自身、最初ゴッサム・シティを見た時は、「駄目だよこれじゃ」とか思ったのだが、これはひょっとして狙って行ったのかも知れない。敢えてそれを行った狙いは、おそらくこの作品のテーマ、心の闇に関係がある。近代建築で覆われた、見た目大変美しく整った町並みの内部はどうだ?実際に中に入ってみて、何気なく角を曲がってみると、そこにはカオスが潜んでいる。汚い町並みと、腐敗した人間ばかりがそこにはいる。人間の心そのものをここでは表現しようとしていると、そのように思う。そうなると、ウェイン邸を燃やしてしまったのも、過去への決別つまりトラウマの克服を象徴していたのかも知れない。ブルースがコウモリをモティーフとしたバットマンになるのも、自分のトラウマを克服するためと言う理由が付けられている。ノーラン監督の狙いが心の闇にあるのならば、一々象徴的な出来事として解釈することも可能だ。細かく分析しても面白いかも知れない(ここではやらないけど)。
一方、本作で乗り切れない部分もやはりあった。心理描写においては大変巧みなノーラン監督も、アクション部分は大変月並みなものになってしまったのが極めて残念。CGを駆使して派手な演出するのは最近のハリウッドの特徴だが、派手な“だけ”の演出はいい加減飽きた。CGを使えばどんなものも表現できるのならば、むしろ地味なものをじっくり見させる方向へとそろそろ移行しても良い時期。闇を舞台とするバットマンだったら、遙かにそっちの方が重要になるはず。同じく金を遣うんだったら、そう言うところで凝って欲しかったぞ。バットモービルが「戦車」になってしまったのには笑ったけど、あの使い方も、もうちょっと使い道考えて欲しかった。あのカーチェイスはくどいだけ。
キャラの使い方に関してはかなり面白い。評価すべきはやっぱりニーソンの使い方だろう。昔からヒーロー役ばかりやってるこの人を敵として用いる場合、これはベストの使い方。それに皮肉なことに、悪役ばかりで有名なオールドマンをゴードン巡査部長という、正義側に置いたのも卓見。この人の巧さを充分に引き出していた。ベールも前作『マシニスト』で極限まで落とした体重を、ベスト体重以上に上げたのみならず(40キロ地殻の増量だったそうだ)、20〜27歳という年代の違いまでちゃんと表現していたのは、やっぱり凄いな。若手俳優の中でも特に芸の幅というものを見せつけてくれた感じだった。マイケル=ケイン、モーガン=フリーマンというヴェテランの使い方も良し…まあ、渡辺謙の使い方は大きく間違っていたとしか言いようがないけど。
全般的に見て、「大当たり」という所まではいかないけど、充分当たりの作品と言える。
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