[コメント] 宇宙戦争(2005/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
一世紀も前に書かれた原作は、火星人に関する豊穣な空想を通して未知を渇望した純然たるSFでありながら、一方で、その描写は逃げ惑う人間の姿に偏向していた。今読んでなお魅力的な所以は、具体的な設定やディテールが考証の観点から後景化していたとしても、その空想が時代と交渉し産み落とした虚構内のリアリティーは色褪せていない、そして逃げ惑う人々の描写は時代を超えた、いや時代を先取りした普遍的なものだったからだ。
一世紀を超えて映画化するにあたり、スピルバーグは次の二つのスタンスを取った。
後景化した考証に関して、改悪を行わない限り、改善も一切試みない。原作において、火星人たちはウイルスで死滅する。肥沃な地球とは異なる、死の星で単線的に進化を遂げてきた彼らは、複線的に進化を遂げてきた地球環境、とりあわけウイルスに対し、抗体はおろか認識も持っていなかったという設定で、最後は実にあっけない末路を辿る。察しの通り、今回の映画はこれをほぼ完全に踏襲している。
もちろん、この原作の設定の面白さは今も色褪せてはいないのだけれど、100年経った今リメイクするにあたり、他の可能性を考慮する余地はあっただろう。たとえば、種の数が圧倒的に少ない生態系が、知的生命体を生み出しうるのだろうか?そもそも、微生物を原点としない生態系がありうるのだろうか?この辺に関する100年後なりの回答を考慮する余地は当然あったと思う。或いは、「高度な文明を持ちながらウイルスのことも知らんなんてありえねーだろ?」といった見方をされても不思議ではないし、何より今の娯楽映画の使命としてオリジナルを超えた結末を用意する、そこまでいかなくとも何か新しいアイデアを出して観客を驚かすといったディテールがあったっておかしくはない。
しかし、スピルバーグはまったくそうしなかったのみならず、宇宙人を極めてシンプルな侵略者として語るに留め、その圧倒的な破壊力を映像化するに力を注ぐ反面、物語の回収としての宇宙人の正体は逃げるように流している。これを見て、つくづく思った。ああ、スピルバーグはフィクションには興味があっても、もうサイエンスには何の興味もないのだな、“未知との遭遇”に対する渇望などもうないのだな、つまるところもう信じちゃいないのだな、と。
スピルバーグは良くも悪くも巨匠にならない。芸術のど壷に嵌まり込むことは無く、いまだに職人然としてコンスタントに本人ブランドのプログラムピクチャーを作り続けている。その代わり、一本に対し八分以上の力は絶対に注がない。黒沢になる気は永遠に無いのだろう。
しかし、その一方で、近作には彼の封じ込め難い作家性が色濃く出始めていると思っていた。それは「孤独感」と「人間不信」だ。スピルバーグって人間が嫌いなのだと思う。アメリカ人なんか信用していないんだと思う。『ロストワールド』や『A.I.』や『マイノリティー・リポート』には特にそれを感じていたのだが、どこかでそれを誤魔化す欺瞞も感じていた。むしろ、その人間嫌いを爆発させるような映画を撮ったら痛快だろうにと思っていたのだが、この映画はまさにそういう映画だった。
『インデペンス・デイ』とは対極の物語、連帯できない人々、無力な軍隊、その中をエゴむき出しで逃げまくるトムクル・パパ、あるのはひたすら家族のパニックとスクリームばかりだ。そう、トム・クルーズの役どころは実に一貫していた。離婚し、親権も相手に譲った孤独な父親、仕事場で活躍する気も無ければ、離れた家族ともギクシャクしている。ことが起きれば、ヒーローたる気などさらさら無く、ただひたすら落ち延びようとする。家族以外は一切思いやらず、自分と娘の安全が脅かされれば恩人を殺めることも辞さない。特に、息子との好対照が印象深い。息子は今時の若者だったが、周囲の死に臨んで、自然にナショナリズムと闘争本能を獲得し、英雄的な行動を取ろうとする。だが、トムは息子を引きとめようとする。息子と同じ情熱など持ち得ないし、そんなものが空しいものであると重々解っている。もはや酸いも甘いも吸い尽くし、自分以外誰一人信用していない。自分は、この人間観こそ、今回スピルバーグが描きたかったものであり、現在のスピルバーグそのものなのではないかと思うのだ。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (23 人) | [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] [*] |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。