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[コメント] 蝉しぐれ(2005/日)

原作は藤沢作品の中でも最高傑作と言われるほどの名作。役者も名優揃い。決して素材は悪くないのに、同じ藤沢作品の『たそがれ清兵衛』や『隠し剣 鬼の爪』と比べると、明らかに見劣りする。監督の力量が如実に表れた作品。
Pino☆

**ネタバレ注意**
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 構想から映画化まで15年。映画化を拒む藤沢周平を、脚本を書いて口説き落とし、長い時間をかけてロケ地探しに奔走し、とうとう1本の映画として大成させた黒土三男の情熱は買う。が、残念ながら、その情熱はスクリーンから伝わってこなかった。 

 題材は決して悪くない。東北人のもつ気丈さと優しさが強く感じられる物語だ。ハッピー・エンドではないが、物語の持つ美しさは藤沢作品の中でも随一である。

 ”監督の力量”といえばそれまでだが、別の監督が撮っていたら(例えば、山田洋次)、もっと上手く料理してくれた気がする。この映画について言えば、折角の良い題材が、手緩い演出で台無しになった感じだ。

 例を挙げればキリが無いが、脚本、音楽の挿入、カメラワーク、編集、子役への演技指導など、一流のセンスが感じられる部分は余りに少なかった。山田洋次の映像からは、どんなに短いカットでも凄く丁寧に撮っているのが感じられるが、黒土三男の映像は、粗さばかりが目立ってしまう。その辺の拘りの無さが、実は”監督の力量”の差というやつなのかもしれない。

 もっとも残念に思ったのは、ラスト。小説通り、切ない別れの後で、鳴き響く「蝉しぐれ」があるものと期待しながら観ていたのに、鳥の声(ホトトギス?)の後、普通に音楽とともにエンドロール。長い年月を地中で過ごし、地表に出てから僅か数日で天寿を全うしてしまう蝉の声だからこそ、余計に切ないのだ。この映画は、私に泣く暇さえ、与えてくれなかった。

 確か、父との別れのシーンでも蝉しぐれが聞こるはずだし、父の亡骸を運ぶ坂道でも蝉しぐれが哀しく鳴かなければならなかったはず。要所、要所で蝉しぐれが必要なはずなのだが、それを省いたのはどういうことなのだろう。題名の意味が無くなるではないか!

 ただ、良いシーンが無いわけでもない。例えば、文四郎が、切腹した父の亡き骸を、坂道で挫けそうになりながら荷車で運ぶシーン。原作はひとりで必死に坂を登り、精魂尽き果てたところにふくが助けに来るのだが、映画では、坂の上から心配したふくが助けにやって来る。何も言わず、両手を合わせた後、涙をこらえながら荷車を後ろから必死に押すというアレンジは悪くなかった。ちょっと、ホロリとさせられたシーンである。

 しかし、そんな良いシーンも、雑な作りの中に埋没してしまった感がある。長い小説を1本の映画にする難しさはあるにしろ、見せ場の作りが余りに弱い。

 泣けない映画になってしまったことが本当に悔やまれる作品だった。

(評価:★2)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)チー[*] Stay-Gold[*] シーチキン[*]

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