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[コメント] 悪い奴ほどよく眠る(1960/日)

ハムレットを苗床としてハムレットに取って代われず。黒澤が喫した中で最大の敗北。
kiona

 クレジットにないのだから、この映画をハムレットと比べる必要は必ずしもない。真剣に社会悪に立ち向かおうとする姿勢が滲み出ていることを考えれば力作とも言えるのだが、ハムレットへの強い意識がそこかしこに見えてしまう自分に言わせれば、黒澤明はシェイクスピアに敗北したのだと言わざるを得ない。

 論拠は様々だが、わかりやすいところとしては悪を討ち果たせなかった点だ。それが現実だ、それがリアリズムだ、などと呟いたところで空しいのは、一つも面白くないからである。

 シェイクスピアのハムレットは、ありとあらゆる内的葛藤と現実に翻弄される。たとえばジョン・マックレーンのようなアクション・ヒーローは、勝つための必然性を持っているが、ハムレットにはそれがないので、勝利と呼ぶにはあまりに偶発的な幕切れを迎える。だからこそ説得力がある。ヒーローでない男が、ただ時が満ちるのを待ち続けた後に巡ってきた運命の一幕で宿命を果たすからこそ、ストーリーには確かな説得力が脈打っていた。だからこそ旧ソ連から上演禁止とされるほど権力者に怖れられた。

 この黒澤ハムレットは、宿命を全うできないどころか、眠る黒幕を引きずり出すことさえできなかった。ハムレットがクローディアスを引きずり出せない現実の苦渋を味わえ――そんなメッセージに終始する作品は多々あったが、この映画もそんな一本でしかない。『七人の侍』や『天国と地獄』の方が、現実に食ってかかるような、よほど強い光を放っていた。それらは確かに、リアルな悪をリアルなままに白日の下に引きずり出し、のたうち回らせるものだった。

(評価:★3)

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