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[コメント] 椿三十郎(1962/日)

「映画批評空間」レポート 「映画『椿三十郎』の構造〜『用心棒』、『隠し砦の三悪人』との比較〜」 *三作品のネタバレあり

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







はじめに 

黒澤映画というのは既に評価が定まってしまって、もはや出来が良いのは当然、あとは各人の好み次第、という風潮があるように感じられる。今では語られる話は「どこが素晴らしいか」「どれが好みか」、さもなくば製作時の裏話的なものなどが多い。私はあえて特別視することなく「普通に」分析してみたい。それが結果的には新鮮になるのではないかと、期待している。

1、『椿三十郎』の長所 〜空間感覚を『隠し砦の三悪人』との比較で〜

椿の舞台は狭い部屋だ。味方と敵の二つの狭い部屋が舞台。しかしそこで練られた作戦により外では多くの兵力が動く。さらにはその動きが藩全体を左右する。一つの藩の行方の決まる経緯が二つの部屋に集約されるのだ。

見せる舞台は小さく、動く展開は大きい。舞台が小さいからこそ、そこから動かす展開が大きく感じられる。展開が大きいからこそ、それを動かすやりとりに濃さが感じられる。この「大きさ」と「濃さ」のバランスが椿の椿たる所。「大きいのに濃い」のではなく、「大きいから濃い」。

それに対して『隠し砦の三悪人』はどうか。こちらは舞台が外だ。外ではあるがあまり外である事を生かした広々とした映像が展開することはない。むしろ椿と同じような少数が隠密行動で大局を動かす頭脳勝負。それを外でやっている。中と同じことを外でやると、むしろ狭く感じられる。

そして少数が国の大局を動かすという共通点も、こちらは「主人公対国」ではなく、「主人公対侍」なのだ、大局を動かすのはあくまでも侍。あれだけ広い空間を動きながらも結局は同行する四人だけの狭い揉め事なのだ。舞台の広さが映画のスケールを小さく見せてしまう。椿の全く逆である。この主人公と、侍と、国、の三角関係にさらに姫を混ぜた微妙な構造を大まかに楽しめるかどうかで評価が分かれるのではないか。主人公でも侍でもなく、全体を均等に見て楽しむべきものなのだろう。だが恐らく、姫ばかりに夢中になって見ていたら結果的に楽しめた、という人が一番賢いとも言えるだろう。

椿の場合はは三十郎と若侍とがまがりなりにも同じ目的で行動しており、それが小さな舞台と大きな展開という構造をよりシンプルに引き立たせ、映画にある種の「濃さ」がある。それが椿が「名作」と「小品」という二つの側面を併せ持つに至る所以ではなかろうか。よって個人的には椿の方をより評価している。

2、『椿三十郎』の欠点 〜対比構造を『用心棒』との比較で〜

椿のシンプルさから生じた濃さについて述べたが、よりシンプルな用心棒と比較する事で椿の複雑さも見えてくる。

用心棒が、ただひたすら桑畑が唯一圧倒的に光る、桑畑対周り全部という簡単な構造なのに対して、椿は三十郎対若侍、両者対菊井、そして三十郎対奥方という三つの大きな軸がある。若侍が隠れて作戦を練って藩を救うという話、そこへ情けない若侍の集団対強く賢い一人の三十郎というもうひとつの軸を持ってきた。そこまではまだバランスを保てたかもしれない。それと同時に強く賢く下品な三十郎が優しく上品でちょっと足りない奥方と話す事で、三十郎の弱さ、優しさ、可愛さを浮き彫りにするという、さらにもう一つの要素が加わる。これはさすがに欲張り過ぎではないか。

例えば、必死で作戦を練る若侍とおっとり奥方、なら面白いだろう。若侍が必死になればなるほど奥方の存在感が出る。

必死で作戦を練る若侍を馬鹿にしながら、涼しい顔でちょこちょこと手伝ってやるクールな三十郎、これも面白いだろう。若侍が必死なほど三十郎のクールさが引き立つ。この場合は用心棒の正当な続編となる。

そして若侍と同じ立場で必死に戦う三十郎とおっとり奥方、これも良いだろう。三十郎が絶対的に強いほど奥方の緩さが物を言う。

そう、二つまでなのだ。三つ目が良くないのだ。用心棒の続編として、弱い若侍の中の三十郎を見せるか、おっとり奥方に対しての三十郎を見せるか、さもなくば原作通り三十郎なしにしておっとり奥方に対しての余裕のない若侍を見せるか、どれかしかないのだ。「必死な若侍を冷めた目で見る余裕の三十郎、をさらに余裕の奥方が諭す」なんていう展開はいくらなんでも複雑過ぎる。

好みの問題だけでなく、椿のこの的を絞らせない構造は、「欠点」と言って構わないと私は考えている。

3、まとめ

絶大な支持を得ながらも、「傑作」よりも「好き」という言い方をより耳にする事の多い本作、その感覚を理詰めで考えてみたわけだが、一応それらしき解答のようなものを見せられた、ような気がしないでもない。

12月3日 登録番号3067  隼 

(評価:★5)

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