[コメント] 天国と地獄(1963/日)
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横浜が舞台で、藤沢の?鉄橋や江ノ電・江ノ島・鎌倉切通しまでが出てくる全編オール神奈川ロケの"神奈川の映画"。不祥事で有名になった神奈川県警も、庁舎屋上からの景色で見る限り、今と同じ場所にあるように見える。馴染みの地名や昔の風景が頻繁に登場するので、元神奈川県民としては、懐かしくもあり新鮮でもあり、嬉しい以上に誇らしくもある。今ごろあのあたりにタマちゃんが出没してるのかな、とか考えるとちょっと楽しい。
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黒澤監督としては、急速に成長する日本経済を背景に拡大する貧富の差を、天国と地獄として描いたのだろう。だが私はむしろ若々しくも頼りなげな山崎努演じる一人よがりな狂気に興味を惹かれた。人は個人の能力を越えた事業を成し遂げようとすれば、精神に変調をきたす。竹内(山崎)の狂気は、医師という職業に目的意識も持たず、ただ闇雲に勉学を続けた果ての産物であったように思う。これは、国を上げて経済成長という事業に取り組んでいた日本が、個人の幸福を犠牲にして生んだ悲劇であるとも言うことができよう。そしてこの問題は、今の日本でも廃れてしまったわけではない。その意味で、黒澤の描いたこの物語は、国民の物語として捉えることができると思う。
(02/09/16記)
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今みると、展開はのんびり、上映時間は長い、か。でも、子どもの命が救われるかどうかという観点を、映画に観客の関心を惹きつける原動力としては、早々に放棄する。こんなところは倫理的に気持ちいい。警察の組織的な捜査過程を丹念に追うところも良い。要点に達するとサッと切り上げる展開の緩急もあったが、無駄や徒労の中から徐々に犯人や犯行の様相に迫っていくという感じがよく出ていて、楽しい。横浜の黄金町から日ノ出町の界隈に阿片窟というかヘロイン窟(麻薬街)があることになっており、ホンマかいなとも思うが、いかにも黒澤作品らしい(?)禍々しさが出ていたのと、あの辺りならホントにあったのかもなと納得させられてしまうものがある。純度30%程度のものを常習している者に急に90%のを与えると死んでしまう、というのは、覚えておいた方がいい気がした。
三船敏郎の権藤さん役(ナショナルシューズ社の常務)も、なんとなく物憂い悩み、なんてのではなく、生か死か引き裂かれるような大苦悩、なんかには、濃すぎるくらい濃ゆい三船のキャラクターがハマり役だな、とも思った。
あと、夜の街でもサングラス掛けっぱなしの山崎努(市民病院?のインターン、竹内銀次郎役)。ロックンローラーの専売特許じゃないんだなと思ったし、贅肉のない容貌や体型と相俟って、ほんと不気味な役柄をよく表していた。しかし、それでさえ、虚栄やカラ威張りでしかなかった。面会室のシャッターが下ろされ、ガラスに映る自分の姿と対面する三船、という結末は、余韻というものを感じさせる終わり方だったと思う。
(21/9/3見)
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