[コメント] 東京の女(1933/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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映画の大部分はそれ単体で充分評価されるべきものなのだが、時折、歴史と照らし合わさないとよく分からない映画、あるいは歴史的事実を知ることで理解が深まる映画というものがある。いち早くヒトラーの危機を察知したチャップリンによる『チャップリンの独裁者』(1940)や、冷戦構造の中だからこそ意味が増したキューブリックによる『博士の異常な愛情』(1964)などが代表と言って良いけど、他にも世界大戦中の国策映画になると、その時の状況を知らないと分からないものも多い(黒澤監督でさえ『一番美しく』(1944)を撮っている)。小津監督はそのなかで、一切の国策映画を撮らなかったことで有名だけど、時代に鈍感だったのかと言えば、さにあらず。特に大戦前の監督作品は敏感すぎるほどに時代に敏感だった。流行をふんだんに取り入れ、庶民でも味わえる贅沢をよく演出していた。
それで本作だが、初見の時、何をこんな馬鹿なことを。と思ったものだ。これだけ必死になって自分のために働いてくれる姉を感謝するか、憎むかはともかくとして、自殺まで考えるはずが無かろう!何をリアリティのない話を。そんな風に思っていた。実際その時点ではこの作品の評価は思い切り低かった。
しかし、先日特番の小津特集ででこの作品に言及されていて、その時に気が付いた。これ、1933年の作品だったんだと言うことに。実はこの1933年というのは日本史において特筆すべき出来事があった年なのだ。
この年2月12日に、実践女子専門学校の生徒が、同級生を立会人にして三原山火口に飛び込んだ。この立会人の女性は実はそれ以前にも自殺の立ち会いをしていたことが発覚して、雑誌がそのことをセンセーショナルに報道。それから一躍三原山は自殺の名所となった。更にこの年、若者のブームとなったのは、なんと自殺だった(本当の話)。この年だけで未遂者を含めると904人もの若者が投身自殺を図ったという。
本当に些細な事で自殺してしまう風潮。それを小津監督は見事に捉えていた。と言うことになる。日本が戦争に向かってひた走ろうとしていた時代の警鐘として、本作は国策映画とは全く逆のベクトルで作られた作品であったと言えよう。
ところで本作には削除されてしまった部分が存在するそうな。岡田嘉子演じる姉のちか子が夜の仕事してるシーンがそれ。ただし、これは不道徳だからと言うわけではなく、彼女が共産党員として働いてるシーンがあるからだそうだ(小林多喜二が「党生活者」を出版したのは前年で、この年に特高によって逮捕され、拷問の末に殺されている)。
時代というものを背景にこの作品を観てみると、非常に面白い。
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