[コメント] 紙屋悦子の青春(2006/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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今回の作品のキーポイントになるアイテムは「食べ物」である。腐りかけた芋を除けばおはぎ、赤飯、静岡産のお茶とこの当時としてはご馳走になるものばかりだ。それら「おめでたい」品々が前作『父と暮せば』とは異なり、悲しみを伴わない文字通りの喜びを伴うもろもろとして登場するが、やがて若い恋人たちが老い、その追憶のなかに描かれるだけの空しさに連なってゆく…この二重構造には唸らされる。
何ということだろう。死んでいった戦友のために、自分が彼のぶんまでも幸福にしてやろうと誓った妻が、自分の病状を気遣っている。平和な暮らしを生きるふたりの心にも癒えない傷はあるのだ。
黒木和雄は『父と暮せば』で広島の廃墟に希望の花を咲かせたが、今回は「救い」はどこにもない。男の死は、ヒロインにも戦友にもあまりに重すぎたのだ。
ここに黒木の現代への絶望を読み取ろうとするのは、深読みに過ぎるだろうか?敗北の日から六十余年を経て、なおも癒えないあの戦争から受けた傷を抱えた人々を描く黒木の中には、形を取らないままに今もたちこめる巨大な暗雲があるように見える。寄せては返す波は海の彼方からふたりを呼ばわる死せる恋人か。そして、わだつみの底に眠る無名兵士たちの怨嗟の声か。彼らを未だ語り足りないと叫ぶ監督の声でも、またあることだろう。
『戦争レクイエム』3部作から本作に至る黒木の描く戦争は、激しくはないが熱く奥深い。一端はたぎり続けたマントルは治まったが、いずれ彼の遺志を継ぐ語り部はこの国の何処かから出現するだろう(自分も映画畑以外で注目する新人がいる)。その時まで黒木和雄よ、安らかに眠れ。
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