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[コメント] 太陽(2005/露=伊=仏=スイス)

人間になりたかった天皇(そして彼に「太陽」であることを求めた国民)[銀座シネパトス2]
Yasu

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







誤解を恐れずに言うならば、天皇をはじめとする皇族は、ある意味において日本一不幸な家族である。

憲法で保障されている基本的人権の多く(移転の自由、職業選択の自由、…)が彼らには認められていない。納税の義務はないが公民権もない。公的には政治的な発言もできない。その一挙手一投足は逐一報道され、誰と結婚するだの、生まれた子の性別はどちらだのということまで詮索を受ける。どんなにか窮屈な人生だろうと、常々思わずにはいられない。

現在の状況と明治憲法下にあった天皇とではもちろん事情は異なるにしても、自分の意見を持つ一個人として看做されていないことに変わりはない。昭和天皇が、天皇として自分の意志を通したのは「2.26事件に際してと終戦の決断だけだった」と後年に自ら語っていることがその証左である。

こういう立場なのだから、人間宣言をする前の昭和天皇はどんな心境であったか、推して知るべしである(侍従たちに向かって、声を発することなく口をパクパクさせてみせる素振りは、自分の意をまるで汲もうとしない侍従たちに対して「無言の抵抗」を試みているかのようだ)。映画冒頭で「誰も私を愛してはくれない」と嘆く天皇は、この時から人間であることを希求していたはずであろう。

歴史的に見れば、終戦後の昭和天皇の処遇について、必ずしも彼自身の権威や個人的魅力が物を言ったとは限らない。天皇制が存続することになったのも、天皇の戦争責任が(表立っては)問われなかったのも、結局のところは日本側とGHQ間の戦略と妥協の産物だ。

だが、ここに描かれているのは、そういった政治的駆け引きの道具ではない。あくまでひとりの人間としての天皇裕仁である。映画俳優のブロマイドを隠し持ち、生物標本に感嘆の声を上げ、(通訳に止められつつも)マッカーサーと英語で会話をする。疎開から戻ってきた皇后に甘えるところなど、どこにでもいる夫婦の情景そのものだ。

しかし、それに続くラストシーンで、天皇は人間宣言を録音した際の技師が自決したことを知る。そして、侍従の誰もそれを止めなかったことも。

彼らにとって天皇が人間であることはタブーであった。畏れ多いという理由だけではない。彼らは、天皇に人間では“ない”ことを求めていたのだ。

それでは、なぜ天皇は人間であってはならなかった(今もあってはならない)のか。最近読んだ本にこんなことが書いてあった。

「韓国では大統領は堂々としたリーダーでいてほしいという意識がある。廬武鉉は、意図的にそれをズラして庶民派の弁護士のイメージを作ってきた。最初はそれがみんなに受けたけど、実際大統領になってみたら、『やはりリーダーは毅然としていてほしい』と思う人が増えてきた」(※)

韓国の大統領と日本の天皇を一緒くたに考えるのは乱暴かもしれないが、案外的外れでもないのではないか、と思うのである。

つまるところ、天皇のイメージを規定しているのは、(侍従たちに代表される)我々国民であるということができよう。人間でありたいと願う天皇と、それを望まず彼に「太陽」でいてほしい国民と。この映画の結末、天皇にとっては「敵だと思っていた米英との戦争が終わったら、実は真の敵は自国民であった」ということに気付かされるようなものだ。

この後40年余り、「決して負かすことの出来ない敵」(国民)に囲まれて人生を送ることになる天皇の心情はいかばかりであったか。想像を巡らすことは到底叶わぬが、せめて彼が夢見た自由を、子孫(今上や東宮)が幾許かでも享受せんことを願うばかりである。

*** 追記 ***

本作についてブログや掲示板などに書き込みされた感想や、ここCinemaScapeのコメントなどを読むと、作品自体には一定の評価を与えつつも、昭和天皇の人物描写については違和感を感じるという声が多いようだ。「空想の産物」と切り捨てている意見も見られる。良くも悪くも「天皇は太陽でなくてはならない」、と考える日本人はまだまだ多いのだな、と思わされる。

その点で言うと、この作品は日本人よりもむしろ海外の観客のほうが、視点が客観的な分、よりよく理解できるのかもしれない。残念なことではあるが。

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※高原基彰「不安型ナショナリズムの時代─日韓中のネット世代が憎みあう本当の理由」p170、洋泉社、2006

(評価:★4)

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