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[コメント] パプリカ(2006/日)

「変な小説」が「普通に面白い映画」に変身してしまった、という印象は否めない。もっと妖艶な(千葉敦子=パプリカ的)変身を!!(比較言及による原作についてのネタバレあり→)(2007.4.4)
HW

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 原作者お墨付きの映画化を原作と比較してとやかく言うのも野暮ではありますが、一つの比較対象として(「絶対の対象」としてではなく)原作というのは有効な対象たり得ると思うので、敢えて原作を武器にこの映画を斬り捨てよう(えっ?)と思います。

 長編小説を90分に収めるという大胆な映画化であり、かなりの改変が見られるが、最も決定的な変更点は、実は「時田と千葉のノーベル賞受賞」という一見どうでもいい設定をなくしたことだったのではないかと思う。

 ツツイストには程遠い青二才の意見と自認して断言すれば、原作は筒井作品にしては、あるいは「夢」をテーマにしながら、意外なほど「怒涛の展開」に走り切らない、どこか不思議な醒めた空気を持った小説であった。研究所内に次々犠牲が出る中、異端の研究として社会的攻撃に晒されかねないPT(サイコセラピー)機器開発を守る政治的配慮から、犯人も分かっていながら表立って争えないまま事態が進展して行く前半がまずあり、その後に、夢と現実がゴッチャになって荒唐無稽な世界が立ち上がる(しかし、ノーベル賞受賞式にはちゃっかり足を運んだりもする)後半が待ち受ける。それが二部構成で展開された原作の大筋だ。一見、「前半溜めて、後半に爆発!」という風にも取れるのだけれど、廃人まで出す事態の最中に敵が同僚として待つ職場に足を運ぶような前半と、日本中が滅茶苦茶だというのに何週間と時間が過ぎてノーベル賞受賞の日がやって来るような後半とにはむしろ共通して独特の変な時間感覚が流れていた。

 その変な時間感覚を支えていたのが「ノーベル賞受賞」という思い切りな嘘臭さとSFに浸らせ切らない現実臭さとを両立させた奇妙な設定だったのではないかと思う。この時間感覚をすっきりとエンターテイメントの時間に乗せ換えたのは、映画としては全く正解だったと思うが、正解すぎて「夢」というテーマの扱い方としてはいささか安易に成り下がったとも思う。

 また、「ノーベル賞」という設定は物語の空間作りも支えていた。すなわち、舞台となる研究所を社会的注目の集る場所にするアイテムでもあったのだ。そのため、この設定変更によって、ドラマを研究所の外の社会へと繋ぐ窓口が失われてしまい、画面で繰り広げられる事態に見合うだけのスケールを感じ取ることができないという問題も指摘しておきたい。

 結果、パプリカ/千葉敦子というキャラクターの位置付けも変わらざるを得ない。原作では、あまりに八方美人的すぎて結構嫌味なヒロインで、挙句に多数の男性キャラクターから露骨に性的対象にされて(っていうかヤッて)いたのだが、映画では適度な八方美人に変わり、陵辱のイメージもあくまでヒロイン性の味付けにされてしまっている。社会的地位ある才女と冒険活劇少女という、いわば「俗」の極地を兼ね備えた彼女が、孤高の男色家として宗教的な「善」と「悪」とを一体にして帯びる乾という悪役と対決する、というのが原作の一つのカタルシスだったと思うが(と言っていて自分で良く分からないが(笑))、映画では、恋する正義の乙女が説教臭いハゲジジイを倒すだけで、カタルシスは到底期待できなかった。

 粉川が刑事という設定もいまいち活きず(そもそも原作では警視庁の幹部クラスだったはず。これもまた外の社会を形作る要素だったのだ)、ラジオ・クラブの二人(声優が筒井康隆今敏!)の活躍が地味なのも不満が残る。粉川のトラウマに映画愛を取り入れたのは監督独自のトッピングで楽しめたけれど、『千年女優』のセルフリメイク以上になっていないのが残念。

 ただ、個人的に感心したのは、あのエレベーターから時田を引っ張り出した後のシーン。パプリカに挑発された、千葉敦子が時田のところへと駆け付け、そして、あのシーンへと繋がって行く、という件は、映画ならではの見事さだったと思います(その後の乾との戦いにいまいち活きている気がしないのがつくづく残念なのですが・・・)。映像・音楽とか凄く好きなんですけどね、この映画。

(評価:★3)

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