[コメント] カニバイシュ(1988/ポルトガル=仏=伊=スイス)
もっとも、奇しくも、つい最近、内藤誠の(筒井康隆の)『スタア』を見でいたので、本作の方がマイルドな描き方(強烈さでは『スタア』の方が上を行っている)と感じた。
貴族の舞踏会。屋敷の前に画面奥からロールスロイスが来て停まり、正装した招待客が降りたつ。これを数回反復し、客の中に、レオノール・シルヴェイラやディオゴ・ドリアを見せる。しかし、最初の男性2人が、屋敷とは反対側に降りる時点で(怪訝な顔の車係りが映る)、人(観客)を食った(ような)演出が始まっている。この男性2人は、全編の狂言回し(一人は歌手、一人は伴奏のバイオリン奏者)になる。
もっとも、本作は、シルヴェイラらの普通の会話も全て歌唱で表現されている、云わば『シェルブールの雨傘』や『レ・ミゼラブル』みたいな全編が歌で構成されたミュージカルだ。実はこのことも私は知らずに見た。ただし、歌は全てオペラ調の歌唱で、メロディは短調かつハッキリしないものであり、全く心地よいといった音楽ではない(いや、これを心地よいと感じる観客もいるのかも知れないが)、これもハッキリ云って、オリヴェイラのイケズだろう。
そして、舞踏会にアヴェレダ子爵−ルイス・ミゲル・シントラが登場し、彼を愛するヒロイン−マルガリーダ−レオノール・シルヴェイラと、横恋慕するドン・ジュアン−ディオゴ・ドリアの物語となる。作品全体を通じて最も驚かされる場面ということだと、それはどうしても終盤のカオスの現出になるかも知れないが私は、舞踏会の後、マルガリーダと子爵がキスをする場面をまず第一に書いておきたい。
舞踏会を退出したマルガリーダと尾行するドン・ジュアンの脚のショット。川岸みたいな遊歩道で、子爵が待っており、マルガリーダと2人の会話シーンになる(上に書いた通り、全部辛気臭い歌唱だ)。マルガリーダの愛を固辞する子爵。各人をカッチリした切り返しで繋いでいるが、マルガリーダを子爵の肩舐めで左側に置いたショットの中で、彼女を少し右に動かし、続いて、子爵の肩舐めで右側に置いたショットを繋ぐ。さらに、ドンデンして(軸線を無視した切り返しで)子爵のリバースショットを繋ぐのだ。これにはオッタマゲる。この不思議な繋ぎが合図(?)だったかのように2人はキスをする。
さて、本作はオリヴェイラ80歳の頃の作品。全編に亘って、悪戯みたいなふざけた趣向が散りばめられているけれど、同時に全編に亘って構図も照明も間然するところのない造型である、ということはキチンと書いておきたい。美術・装置で書き留めておきたいのは、2階の部屋の開いた窓とカーテン、及び、丸盆みたいな歪んだ鏡の演出と、大団円で庭の彫像のショットが挿入されるセンスだ。あと、レオノール・シルヴェイラは18歳頃でこれがデビュー作とのこと。勿論とても初々しいが、この後、オリヴェイラ作品のミューズになるのも当然と思えるぐらい、本作時点で既に図々しいぐらいの存在感がある。
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