[コメント] それでもボクはやってない(2007/日)
この映画をそのようなひと言で切り捨てるのは簡単なことだろうし、現にそのような評価を下す人もたくさん出てくることだろう。しかし、そんな人に私は言う。「それでもボクは買っている」と。
この映画に批判的な向きも分からなくはない。例えば周防監督待望の最新作ということで、コメディ好きな人、あるいは今までの彼のタッチが好きだったという人が予備知識なしでこの映画を観に行ったとき、そのあまりの違いように面食らうことは想像に難くないだろう。現にこの私がそうだった。いつものような笑いはなく、あるのは大森南朋の怒号ばかりという幕開けに、暗い、色のないドキュメンタリー・タッチの画面を観ながら、ただただ戸惑うばかりだった私。するとその前に現れた「私人による現行犯逮捕」のシーン。そしてタイトル…。
新作を極力予備知識なしで観ようとする私は、その時ようやくこれが社会派ドラマであることに気付いたのだが、それは本当に衝撃的だった。あの周防正行が社会派ドラマを、ただただその真実だけを正面きって描こうとしているなんて、と。
しかし、映画が進んでいく中、そんな疑問はいつか忘却のかなた。気がつけばそこにはただ純粋にこの映画にのめり込んでいる自分がいた。そしてこの映画を観終わった今は、これを「撮らないわけにはいかない」と語る彼の気持ちがよくよく分かる気がするのである(そのあたりは誰もが抱く思いであろうから、詳細は省略)。
けれど、そのような思いが伝わってきたということだけが、私がこの映画を高く評価する所以ではない。むしろこれほどまでの真実(?)の積み重ねを行いながら、そこに至るまでの努力と同様に、映画的な演出においても気を緩めることなく、例えば周防組の俳優たちを自由自在に、しかも適材適所に使い、143分という長尺でありながら長さを感じさせない力作に仕上げているところ、そのあたりに映画監督周防正行の底知れぬ力、脅威を感じ、それこそを私は評価するのである。
『硫黄島からの手紙』でも好演を見せた加瀬亮だが、ここでも思い切りのいい素晴らしい演技を見せている。パンフによるとラストの裁判所のシーンは台詞が多くて苦労したそうだが、例えば台詞を忘れたときも「ボクはやってないんだ!」と言えばなんとかなるだろうと思いながら演じていたそうである。彼らしい思い切りのよさがうかがえる愉快なエピソードだと思う。
しかし、このエピソードからは、本当に真剣な重い題材を用いながら、裏を覗けばそういうエピソードがどんどん出てくるような楽しさに満ち溢れた現場だったのだろうということもうかがえるのである。そうでないとここまでの映画は出来上がらない。
このように、語りたいことはたくさんあるのだが、何はともあれ年始早々に、今年を代表するであろう本物の映画に出会えたこと、そして大好きな周防正行がまた新たな一歩を踏み出したのをこの目で、しかもリアルタイムで確認できたことに大きな喜びを感じずにはいられないというのが、今の私の偽らざる思いなのである。
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