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[コメント] それでもボクはやってない(2007/日)

common people(レビューはラストに言及)
グラント・リー・バッファロー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







本作の登場人物にはヒーローもあからさまな悪役も存在しない。傍聴オタク(「本当はやったんじゃないの」などいかにも誰かが言いそうなセリフだ、山本浩司の使いどころがいい)など多少癖こそあるにせよ、本作に登場するのは市井に生きる「普通の人びと」だ。『ロックンロールミシン』や『スクラップ・ヘブン』に顕著だが、翻弄される凡人を演じたら天下一品の加瀬亮は相変わらずうまい。そんな彼こそが主人公を務めるべき作品だった。

本作は裁判官の著作に着想を得ているという。多くの裁判を扱う作品が、弁護士と検事の応酬に力を入れてしまい、裁判官の出番は少ない。だからこそ、裁判官は最後にすぱっと正しい判断をしてくれるものと勝手に想像し、それ以上のことを考えない。「裁判官も周囲の状況に翻弄される一介の人間にすぎない」、言われてみれば当たり前なのだが、弁護士と検事の論戦にばかり目を奪われ、そんな前提をあまり考えていなかったことに気づかされる。裁判官が代わった時点で評決はほぼ決まっていたという残酷な現実。

積み重ねたものが全て壊されてしまったとき、観ている側は山本耕史のように怒りもするし、無罪までの道のりの遠さにめまいをおぼえ、判決理由が述べられたときのあのカメラの動きのようにぐらぐら回るような感覚を抱く。

だが、あのカメラの視線は主人公のものかと思っていたが違っていた。友人が立ち去り母親が泣いている状況にもかかわらず、高裁で無罪が有罪にひっくり返るさまを直前に見たにもかかわらず、主人公は毅然と判決理由を聞き、はっきりとした声で言った、「控訴します」。あのとき、主人公はもう翻弄される凡人ではなく、彼の中で明らかに何かが目覚めていた。とても映画的で力強い終わり方だった。

印象に残るショットがあった。法廷で被害者の中学生と主人公が一緒に映ったカットだ。同じフレームにおさまっているにもかかわらず、両者が目を合わせる機会はありえず、終始同じ方向を向いている。視線を裁判官に向けることを強制される法廷の特殊な磁力が描かれているのと同時に、この二者の間の気が遠くなるほどの隔絶が表現されている。被害者と被疑者なのだから当たり前なのだが、この隔絶は永遠に埋まることがないと実感し、なぜだか絶望的な気持ちになった。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (6 人) おーい粗茶[*] 伊香 空イグアナ[*] ぽんしゅう[*] すやすや[*]

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