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[コメント] 幸福な食卓(2006/日)

近年稀なる巧い脚本が醸し出す濃密な人物描写。
sawa:38

途中で時間を見た。淡々とした雰囲気の中でどちらかというと平板なドラマが展開されていた時間帯である。しかし濃密な人物描写で飽きさせることもなく、逆に人物たちに秘められた疑問・謎といったさらに掘り下げるべき描写が期待できそうな展開の時間帯だった。そして私は驚いた。それは開始まだ40分だった。この充実した40分。濃密な40分だった。

その後も既定の「雰囲気の枠」を破ることなく淡々とドラマは進行していく。登場人物の誰ひとりとして悪や汚れは無く、得てしてこういった全てが好感の設定ならばドラマは発展する術がなくなり自滅するのが常道である。しかし私にとってはとても居心地の良いドラマに感じたのである。極論を言えば鑑賞中、このままラストまで何事も起こらなければ良いのになどと思ってしまったりもした。爽やかな初恋のシークエンスは実に爽快感を覚えた。しかし、映画的にはきっと何かが起こるのだろうという不安も感じ初めていた。それが開始70分頃。ドラマはその時間を頂点として起承転結の「転」に大きく舵をきった。

その後のドラマも良かった。「転」以降大きく針が振り切れて作品の「雰囲気の枠」が壊れそうになる寸前で演出は意図的に抑えられ既定の枠を守り続ける。そしてラストの土手を歩く余韻の残るシーンへと帰結していくのだ。

このように意図的かと思われる抑えた演出で貫かれた本作は、常に一定の湿度を保とうとかなりの努力をしている。これは言い換えれば作品の平板性としてマイナスに働くことが多いだろう。しかし、前述したように人物描写が稀なる程に濃密に描かれるが為飽きることなどなく、逆に映画としての面白さは倍加していくのだ。こんな芸当はひとえに脚本の優秀さによるものなのだろう。

私は日本映画が大好きだ。多くの作品を鑑賞してきたと思っている。そんな鑑賞履歴でもここまで巧いなぁと感じた脚本はそんなに多くはない。古今の名作邦画を押しのけてとまでは言わないが、近年稀にみる優れた脚本ではないかと思う。

最後に、このレビューでは家族の再生とかいったテーマや、少女の心の軌跡といった内容には触れていません。それらは他の優秀なコメンテーターの方々のコメントで充分堪能できました。私はこの脚本と雰囲気の枠を維持し続けた演出に対し、惜しみない絶賛の評価を与えたいと思うのです。

(評価:★5)

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