[コメント] 秒速5センチメートル(2007/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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時折ネットで「ベスト・ホラー作品」なるものの企画が立ち上がっていることがあり、ジャンル作品好きな私としてはそう言うのを見つけると毎度興味深くそれを見ているが、何故かその作品群の中には『耳をすませば』(1995)が入っていることが多い。勿論これはホラーではないのだが、この切ないストーリーが観ている人間の心をかき乱すのではないか?と思う。失われた過去を振り返り、自分にはあり得なかった過去の風景を見せつけられるってのは、精神的にきついのかもしれない。
そう言う意味では本作はもう一本アニメーションホラーが出来たと言えるかも知れない。
本作はかつてたった一人で『ほしのこえ』(2002)を作り上げ、日本アニメーション界のトップランナーの一人と目される新海誠監督最新作。新海監督の特徴である男女間の恋心の切なさ描写は今回も全開…と言うより、これまでで一番ストレートだったかもしれない。
本作の特徴は一本の一続きの物語にすることなく、一本の作品を時間軸に沿って短編三部としてまとめたところにある。登場人物は基本的に同じで、三人の男女の時の流れで追っているのが特徴。“切なさ”を描き続ける新海監督の、ある意味真骨頂と言ってしまっても良い作品。連作短編にした分、『雲のむこう、約束の場所』(2004)にあった途中のダレ場がなく、上手くつながっている。改めて新海監督はSFにこだわらない方が良いと思わせられる。日常生活でほんの少しSFっぽいものを配置した方がむしろはまる。
ただし、これは相当にキた。
そもそも私は昔からラブロマンスものが大変苦手で、特に純愛ものや三角関係のドロドロした描写はどちらもいたたまれなくなるタイプ。具体的には背中の方が無茶苦茶に痒くなってくる。最近の邦画で良いところは、それらが主題であっても、上手く覆い隠してくれている点にあるのだが、本作の場合、覆い隠すどころか、まさにそれが全開!と言った感じで、一番苦手なものを鼻先にぶら下げられた感じ。特に第一話の「桜花抄」は凄すぎた。よもやここまでのものを見せつけられるとは思いもしなかったよ。そう言う意味では本作は衝撃的な作品とも言えるかも知れない。
ただ、子供の頃からはすでに大分成長しているのか、今回はぎりぎりのところで全部直視。とりあえず三作目の物語で妙に一息付けた自分がいる。ラストストーリーはあいまいに終わったけど、むしろそのあいまいさが心地よく感じた。
本作の最大特徴はその“切なさ”だろうが、演出も面白い。毎度毎度の“新海カット”とまで言われるようになった馴染みの光景がそこにはあるのだが、今回はそれが更に大きく拡大。空の向こうに銀河があったり、地球があったりと、まるでシム=シメールのような風景が広がり、それが妙にはまってる。勿論表題である山崎まさよしの名曲「One more time,One more chance」も心地よくはまる。
新海誠と言う監督は本当にいつも同じ物語、いわば自分の心の中にある物語ばかりを描き続ける監督であることを再確認。全部が全部「自意識過剰」で片づけられてしまえるのだが、それを丁寧に描き続ける。個人が作りたいように作った作品がちゃんと商業作品として成り立つ日本の今は、ある意味ではとても幸せなのだろうと思う。
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