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[コメント] 秒速5センチメートル(2007/日)

オレには判るぜ、この映画は濃いぜ、今まででいちばん濃い新海汁が出まくっているぜえええええい
ペンクロフ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







いつもの新海節、いやこれまでにないほどハイクオリティな新海節の映画だ。今回も恥ずかしいほど青臭く、作者の自意識が痒くて痒くてたまらない。

オレが思うに新海誠大林宣彦と同じ人種、「リリカルマッチョ」なのだ。彼らには、「詩情も過剰に描くと逆効果」ということがどうしても理解できない。さりげなく描いてこそ効く「繊細さ」を、全力投球で描いて台無しにしてしまう。たぶん体内のリリシズム含有量が常人よりケタ違いに多くて、それを吐き出すだけで自意識が暴走したキモい映画が自然とできあがるのだろう。

新海誠のアニメーションはいつも背景美術が美しく、特に今回のクオリティは凄まじく、来るところまで来た感がある。一方でだらだらとモノローグを呟く登場人物は情景の中に溶け、個性も何もないのがいつもの「新海節」である。

主人公のタカキくんはキャラクターの体をなしておらず、それはもはやタカキくんでもなんでもなくて、これは新海誠そのものであり、観客である我々そのものなのだ。ここにおいてはタカキくんのタカキくんだけの個性や特徴などは無用で、観客の同一化を妨げる邪魔にしかならないのだ。新海誠は、主役なんかむしろノッペラボーのほうが観客が同一化しやすくていいんだとする作家だ。言うまでもなく、これはエロゲー文化が生みだした方法論である。この「同一化」は自分と違う登場人物に肩入れする「感情移入」とは根本的に違う方法論であって、だから「キャラがペラくて感情移入できない!」というオレがいつも抱く不満は、実は批評としては的外れなのだ。

さてオレは、この映画のキモ(いちばんキモい部分)は第2話「コスモナウト」にあると思った。ここでは物語がタカキくんに恋する少女の目線から描かれる。といってもいきなりタカキくんの妄想場面も紛れこんだりして(先生いいかげんだなあ)混乱するのだが、まあおおむね少女目線と言ってもいい。

タカキくんは第1話の初恋を忘れておらず、少女の恋慕はむなしく片思いに終わる。この顛末をほぼ少女目線で描いており、一篇の青春映画としてはなかなか切なくて悪くない感じだ。しかし、しかし我々は知っているのだ、タカキくんなどという人物は実はハナから存在せず、あれは新海先生そのものであるということを。つまり新海先生はこう言っておられるのだ。

「幼い日の初恋を忘れられない過激なセンチメンタリズム少年、ことオレ。カワイイ女の子がオレにぞっこん惚れたけど、初恋の人を想うオレは彼女の気持ちにさえ気づかない憎いアンちくしょう。彼女は悶々として言い出せず、オレへの届かぬ思慕を抱いたままかけがえのない少女時代を終えるのであった。オレは一切気づかない。もったいないだろ? キュンキュンくるだろ? だがそれがいい」

これを自意識の暴走と言わずして何と言おう。お前の考えるお前はどんだけモテモテ兄ちゃんなんだよ。この第2話、タカキくんに容易く同一化できる観客にとっては最高に気持ちいい一篇であろうと思う。しかしオレくらいのスーパーエリートになると、妄想の中でさえ自分がモテていたなどというリアリティーのない設定は受け入れられないのだ。そして新海先生がモテモテ妄想にひたってMacの前でニヤニヤしている姿ばかりが目に浮かぶのである。「モテた結果つきあう」のではなく「モテた結果つきあわない」のが最高に気持ちいいんだろ、判るぜ。屈折してるよ、歪んでるよ、だけど判るぜ、一から十まで判るぜ、新海先生アンタの気持ちが…この映画は濃いぜ、今まででいちばん濃い新海汁が出まくっているぜえええええい

まったくキモいこと甚だしいのであるが、まあキモいのはお互い様として、一方でこの新海先生の極太妄想フルスイングは立派だとも思うのだ。ここまでくれば、もうこれは「作家性」と言っちゃっても構わないのではないだろうか。

新海誠は、新海誠にしか作れないものを作り続けているのだ。駅、電車、夕暮れ教室などの少ない引き出しを駆使し、動きやアクションではなく「情景」を表現の軸にしたアニメーションが存在しうる可能性を示しつつ、リリカルマッチョの男坂を突き進んでいる。なんぼキモくても、これは立派な姿勢だと思う。こんな人は世界的にも珍しいのではないか。よーし『秒速5センチメートル』をカンヌに出そう! ヴェネチアに出そう! 世界中をキモがらせてやろうぜ!

(評価:★5)

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