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[コメント] ボルベール 帰郷(2006/スペイン)

劇中に出てくる『ベリッシマ』。あの映画の母親のことが忘れられない。(2008.07.15)
chokobo

**ネタバレ注意**
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この監督の作品は2度目になる。この前は『オール・アバウト・マイ・マザー』。この映画も母親が主人公でした。スペイン映画界の大御所たるこの監督は、女性、特に母親に対する意識の強い方のようですね。今回も見事に母親像を浮き立たせます。

オール・アバウト・マイ・マザー』では、男女、親子の非常識を丁寧に説明し、愛する関係の極限に挑戦しています。それはまるで、非常識を常識にしてしまおうとする怖さです。だから映画全体の軽さとは別に、その内容の重さに圧倒されます。とても素晴らしい映画でした。

さて、本作ですが、『オール・アバウト・マイ・マザー』とはまた違う味わいがありました。その理由のひとつはペネロペ・クルスの魅力でしょう。彼女がこの映画の画面に出てくるだけで見る者を惹きつけます。例え彼女が犯罪者であろうと、この映画を見る者は彼女を応援するでしょう。

彼女の役柄は我侭で勘の鋭い妹であり妻であり母親です。こんなにボリュームのある役を演じたのは、彼女にとってはじめてのことではないでしょか。それほど素晴らしい演技だったと思います。

彼女の作品を見るのは『バニラ・スカイ』以来ですが、当時の印象とはずいぶん違います。謎めいた映画に存在する”ただ美しい人”という印象でしたが、この映画の彼女は子供のために戦い、母親のために愛を表現する、とても強く賢い女性です。

もともとスペイン人の彼女にとって、言うまでもなく、この映画のような役が本来は合ってるのだと認識できます。それほど彼女の演技は素晴らしかった。

特に母親から教わった歌を大勢の人の前で歌い涙するシーンがありますね。これは圧巻でした。歌のお上手なんですよね。そして、その歌を離れた車で隠れて聴いている死んだはずの母親。涙しますね。

親子とはこういうものだと思うんです。きっと時間とともに何もかも許せる関係。最後の最後に寛容になれる関係。友人、会社、学校、どこにいってもこうした関係はありません。どこかぎこちなかったり、どこか猜疑心に包まれたり、疲れる関係であったり、人の関係などアテにならない。でも親子だからこそ、この寛容な関係が許されるのではないでしょうか?

この映画はサスペンスとしても一流のプロットを構成しています。

もともとこの映画のカルメン・マウラ演じる母親が失踪した理由が最後の最後になった娘(ペネロペ・クルス)との対話ではじめて明かされる。情熱の国スペイン。かの夫も好きになると別の女性と駆け落ちしてしまう。そんな状況を見つけた母親が家に火を放って駆け落ちする二人を殺してしまう。そんなことがあるのでしょうか。それほどの情熱を最後に静かな言葉で表現しています。

この映画に出てくるあらゆることは、日本の今の現実ともシンクロしています。親子、老い、殺人、離婚、そのいずれもが遠いスペインの話とはとても思えない現実を感じさせます。

しかし、こうした重い内容を見事に明るく、そして感動的に表現できるのが、この監督の見事な才能でしょう。きっと彼は優しい人なんでしょうね。そして母親を愛し、女性を愛し、その愛情そのものが映画全体を大きく包み込んでいるように思えました。

この映画の母親(カルメン・マウラ)は良くテレビを見ています。その中にルキノ・ヴィスコンティの喜劇『ベリッシマ』が出てきます。娘をスターにしたいがために厳しい愛情を注ぐお話ですが、こうした小さなシーンにも、この監督の素晴らしい才能と知恵を感じます。母親から娘に対する愛情。これは実は愛情とは別にライバルの関係になることもあります。『ベリッシマ』で必死に娘のために歌を教えたり、オーディションに参加したりしながら、次第に自分がそんな世界に身を寄せていることに気づく。不思議な恐ろしさを感じる映画でした。

この『ボルベール』という映画でも、ペネロペ・クルスと彼女の娘には、共通する父親から犯されるという恐怖がつきまといます。そしていずれも父親(男性)に対する軽蔑心が生まれ、よりいっそう女性としての強さを強調してゆきます。

そんな恐ろしい現実ですら、女性は明るく笑いとばしながら、泣き、歌い、時に喧嘩をしながらもお互いを理解しようとしています。

(評価:★4)

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