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[コメント] 遠くの空に消えた(2007/日)

俺たちを育ててくれた村を守ろう!という気合が虚しく聞こえるのも、撮影隊が撤収したら即座に消えて無くなるのが明らかな国籍不明でメルヘン調の村の造形のせい。飛行への夢や、村の閉鎖性を導入し、単純な空港建設反対話にしない多角性も結局活きず。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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青春の衝動としての下ネタの連続がマンガチックかつわざとらしく、更に作品世界の人工物感をいや増すのは『69 sixty nine』以上。

劇中、バーの女の子たちがロシア語を話していたり、作品名や各章タイトルの表示に於いてロシア語と思しき文字が見られるのは、ロシアが月探査機の発射に成功したことへのオマージュなんだろうか(ロケ地が北海道だったことを考慮すれば、「択捉経済特区」とはまた異質の“イマジン”的な、乃至は『スワロウテイル』的な無国籍感が目指されていたとも言える)。月が村を照らすシーンでは、公平(ささの友間)の靴が建設予定地に放置されているカットも挿入されるが、この靴の跡が飛行場の滑走路に残されているのも、月面着陸に於いて月面に残された靴の跡から着想したのではないか。尤も、公平の場合は靴そのものが地面と一体化していたようだが。

クヒオ大佐』風の詐欺師にも見えるスミス提督(チャン・チェン)と共に幻想シーンで雲の上まで梯子で昇り、月を眺めていたサワコ(伊藤歩)。彼女が、村のリーダー格の父・天童(石橋蓮司)の命で意に沿わぬ結婚を強いられることや、トバ(田中哲司)が、普段からバカにしていた知恵遅れの赤星(長塚圭史)を残酷に利用して楠木(三浦友和)の殺害を企てること、楠が少年時代、皆から嘘つき呼ばわりされて村を恨んでいたらしいことなど、村の残酷な閉鎖性が描かれており、村は、守られるべきものとして全面的に肯定されているのではない。その一方、赤星の大切にしている鳩や、ヒハル(大後寿々花)が望遠鏡で流れ星を捉まえようとしたり、UFOとの交信を試みていること、スミス提督の、人工の翼による飛行への挑戦など、飛ぶことや空への憧れが描かれる。冒頭とラストのシーンでの客室乗務員(キタキマユ高橋真唯)が好意的に描かれていることも含めて、必ずしも飛行場の存在は悪として一方的に描かれてはいない。

尤も、楠暗殺シークェンスで拳銃が登場するのは、スミス提督の挑戦よりも更に虚構的。監督は、フィクションを小奇麗なビジュアルとして実現することに囚われすぎていて、少年らが作るミステリーサークルも、少し角度がずれているだけで、なんとも幾何学的に見事に作られている。全く手作り感が、つまりは少年らの努力の跡が感じられない。サワコの結婚式シーンのゲートに書かれた祝福の言葉も、明らかに美術スタッフの仕事であり、あんなのは手書き感丸出しである方が自然だということも分からないのかと溜息が出る。ミステリーサークル作りに集まった少年らも、公平と一緒に検便用のウンコを必死で捻り出そうとしていたトンボ(谷本和優)くらいしか、普段から一緒に遊んでいる友人として感じられるキャラクターが存在せず、所謂「その他大勢」でしかないので、少年らが集合することの感動など皆無。ヒハルの病室の石が月明かりを受けて浮上し発光するシーンも、最初から全篇がファンタジック過剰なので、驚きをもたらすどころか陳腐でしかない。ファンタジック過剰が最も顕著なのはバーのシーンの全てだが、楠親子が住む家も妙にカラフルで、そんな所までキュートにしてどうするのか。

村に君臨する天童が、空港建設反対派でありながら最も類型的な悪として造形されている一方、村から何年も離れて家族をほったらかしにしていた公平父(小日向文世)の陽性の善良さと、その妻(鈴木砂羽)がサワコに「離れていても、愛する人と一緒になることこそが幸福」と諭す言葉。その中間的なところに、村への恨みという形で逆説的に村への執着心があった楠を配して、「父」の三様の在り方を描いたのだろうと思うが、楠が少年時代の出来事を現在どう考えているのかという点は曖昧なままだ。意図的に曖昧にして「観客に委ねる」つもりだったのかも知れないが、それが良い意味での多義性として処理されていたとは言い難く、故に、ミステリーサークルが話題になって空港建設はいったん中断、という安易かつあやふやな結末を清々した面持ちで告げる楠を見せられても、何を感じればいいのか不明。

二人のCAに延々と思い出話をしていたらしい楠くん(柏原崇)。靴の跡を見下ろしながらのウンコ座りを続けるのも辛かったろうに。曇り空だった空も、はや、夕空になっているじゃないか。

(評価:★2)

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