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[コメント] 早咲きの花(2006/日)

浅丘ルリ子さんの素晴らしい演技と、どんどん遡る戦争の過去がシンクロしていて素晴らしい映画でした。絶品の一作。こういう映画を大切にしたいですね。
chokobo

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







まず、映画はオープニングですね。最初の場面、タイトルにかぶさるオレンジ色の複層する画面、そこに表れるタイトル。全く何のことかわかりません。それは最後に示されますね。

夏の空、そして緑の木々、静かな風景がこの映画を予兆させます。そこに現れる浅丘ルリ子の姿。彼女が通った小学校を訪ねるシーンがいいですね。品があります。彼女の髪が少しだけすーーっとたなびきます。そしてその顔の向こうに学校の大木。その大木の葉も微妙に風に吹かれてゆれています。

こういう暗示的なシーンは大好きです。一人の女性が何かを求めて自分の過去を遡ろうとしてる姿が一瞬で理解できますね。こういうシーンが映画的だと思います。映画的であることは画面で見せること。説明や理屈を唱えるのではなくて、やはり見せてわからせることができる。そういう力が凄いと思います。

監督の菅原浩志さんは、良く映画がわかっている方のようですね。この作品では脚本も書いていらっしゃるようですが、原作をギリギリまで削って映画的にしてくれた技量はかなりのものですね。

予備知識なく見た映画ですが、日本人に失われた色々なものが詰まっていてとても感動できました。

それは戦前から戦後にかけてのこと。

東京から疎開した兄妹のお話です。

兄を追いかけて、兄の友情や先生との交流、そういう生々しい世界を少女の目から追いかけます。

当時の日本の風景が見事に描けかれていて素晴らしい。スイカどろうぼう、海賊が残した宝石を探しに行く離れ小島、川をはさんで石を投げ合うケンカ、いずれもほほえましいキレイなシーンです。昔も確かにいじめはありました。でも寸止めでしたよね。命を奪うような争いはしませんでした。兄の額に石が当たって、医者である祖父に見てもらっても「薬は必要ない」という反応です。そんなもんでしたよね、当時はきっと。

そこに、本当に人の命を奪う戦争の影が押し寄せます。学徒動員で軍需工場に通っていた兄のもとに空襲があります。そして爆音とともに訪れる死。

このシーンも素晴らしいですね。妹が「おかあちゃん、今日蝉が鳴かんねぇ」・・・その言葉に母(いしのようこ)の胸に不安がよぎります。そんな静かなシーンがいいですね。いしのようこさんはとても素晴らしい演技でしたね。子供に恩師からの手紙を渡すシーンなどは、とても美しい。祖父役の北見敏之さんもいいです。ほとんどセリフはありませんが、戦争が近づく頃のシーンを寡黙な表情で演じていますね。

きっとこの話には、もっともっと背景があって、本来は色々なことが重なってできている映画だと思います。映画では余計な背景とか関連性を見事にカットして、とても素直に表現していましたね。例えば、主人公の浅丘ルリ子さんが、唐突に教壇で戦争について生徒を前に語り始めるシーンがあって、これは全くいきさつの説明がありません。でも映画全体を見ていればこれで良いのです。見ればわかる。これが映画ですね。

いずれ失明するであろう浅丘ルリ子さんに、たまたま出会った高校生が花火を見せに連れて行ってくれます。そこに、当時の兄の面影が去来するんですね。涙が止まりません。感動です。そしてその目の前に広がる花火の舞。その美しい火花の色、それこそが冒頭のオレンジ色の背景だったんですね。良く計算されています。

浅丘ルリ子さんが、古いカメラを持ち歩いて、色々な風景を撮影します。そこにあるふるさとの風景は静かで美しい。そして本人はいずれ目が見えなくなる運命にあるんですね。

ひとつだけ残念だったのは「ええじゃないか」のシーンですね。原作にあるのかわかりませんが、このシーンは全く違和感があって納得できないシーンでした。高校生が地元でイベントを行うのに色々紆余曲折があるのはわかるのですが、いかにもこの映画には不向きな感じがしました。

とても素敵な映画なのに、高校生とのエピソードだけ余計だったような気がします。もっともっとそぎ落とせば、映画の気品がもっと上がったと思いました。その点を除けば最高点です。

素晴らしい映画でした。

2009/01/31

(評価:★4)

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