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[コメント] イースタン・プロミス(2007/英=カナダ=米)

クローネンバーグが求める恐怖は、通常のホラーとは違います。だがそれが良い。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 クローネンバーグは映像作家として認められるようになってからは、ホラーとは異なる、しかしやはり人間の恐怖を描く作品を作るようになってきた。前作『ヒストリー・オブ・バイオレンス』では主人公は自分の内にある暴力衝動と、それを暴かれることに対する恐怖感と言うものを見事に映像化してくれたものだが、今回もまた素晴らしいものを作ってくれた。

 では、その恐怖に絞って考えてみよう。今回の恐怖とはなんだろう?

 それはやはり表層に見える人間の表情を一枚めくったら、そこにある恐ろしさと言うものになるだろうか。もちろんそれは一見優しげなロシア料理店主のセミオンがロシアン・マフィアの大ボスだったと言う意外さとも言えるだろうが、もう一つ、これまた一見忠実な運転手であるニコライの隠れた姿とも言えるだろう。彼の場合、ラスト近くで明らかになるように実は潜入捜査員だったわけだが、それまで得体の知れぬ妙な不気味さが、そして正体が分かってくれば来るほど底知れぬ恐ろしさを醸すようになっていく。彼が何を考えてるのか、実は最後までよく分からない。鉄面皮の下に優しい思いがあるようで、それは打算的に、人を利用する冷たさにも思えてくる。普通の物語なら逆転が起こった時点で正義の味方としてふるまうものだが、クローネンバーグがそれを描く場合、主人公でありながらこの得体の知れなさはすごい。もう観ていくうちに、物語やなんかではなく、ニコライの一挙手一投足の方ばかり見てしまう。

 これまでキャリアが長いヴィゴだが、その魅力を最も引き出したのはクローネンバーグ監督であろう。前作『ヒストリー・オブ・バイオレンス』に続き、最もヴィゴが格好よく描けるのは、その底知れぬ恐ろしさを引き出すときであることを見事に表現してくれた。

 他にも一見優しげに見えつつ、裏ではロシアン・マフィアの親分という役を演じるセミオン役のミューラー・スタールの演技も良い。にこにこしたいかにも人の良さそうな顔が、瞬時に無表情になる時の変化がうまい。それに対するカッセルは、いつもと異なるちょっと情けない役柄だが、彼ほどのヴェテランになれば難なくこなしている。

 主人公アンナ役はワッツ。この人だけは表裏がない役だが、こう言う人がいるから、観ているほうも感情移入できるし、他のキャラがどこか狂気をはらんでいるのに対し、彼女だけがまともなので、そこを起点に物事を考えることが出来るようになったのも進展。かなりきつい物語ながら、良い完成度に仕上がってくれた。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)もりっしー セント[*]

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