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[コメント] 休暇(2007/日)

ワンカットに漲る無言の緊張感。カットの繋ぎ方にもそれが感じられる。それだけに、その中に綻びのようにして、徹底さを欠いた部分が見られるのが惜しい。だが、死刑制度を他人事として捉えている観客を撃つ厳粛さと、生の一種の残酷さの描写には唸らされる。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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金田(西島秀俊)と妹(今宿麻美)との面会シーンでの、長い沈黙をワンカットで見せる演出や、金田に音楽を聴かせるシーンでの、金田がヘッドホンで聴く音楽を観客に聞かせないことなど、死刑囚と我々との間にある断絶が、全篇を貫く。金田の描いた絵のように灰色の表情を保ち続ける西島の演技も、その重要な一要素。

刑務官たちは、努めて淡々と金田の刑執行の準備を進めるが、決して「死刑」という直接的な言葉を用いないことや、事務的な態度の中に滲む苦汁の表情など、一個の人間の命を奪うことの厳粛さがひしひしと伝わる。休暇を得るために支え役を申し出た平井(小林薫)が、刑務所の高く長い灰色の塀の前を、私服で自転車をこいで行くカットは、塀と私服の対比と、画面の暗さが目に焼きつく。

刑の執行を終えた刑務官らが、控室で一様に暗い表情を並べて座っているシーンでは、皆、私服に着替えており、それぞれ一個の人間に還元されている。一人、坂本(菅田俊)が制服姿で座っていることで、制服に象徴される刑務官としての立場との対比が際立っていて痛々しい。

金田が描く、色の無い絵と、達哉の描く、拙いながらも色鮮やかな絵。平井は、刑執行に於ける金田の支え役として、その死の痙攣を我が身で受けとめ、その代償として新妻・美香(大塚寧々)と連れ子・達哉(宇都秀星)との旅行に出かける。平井が夜更かしをしていると、達哉が起き出す。「ごめんな」と柔らかく達哉を抱きしめる平井のその言葉は、恰も金田に謝罪しているかのようだ。それも、犯罪者としての金田ではなく、絵が好きで、かつては子供でもあった金田に対して。刑執行に先立って教誨師(榊英雄)が読み上げたのも、創世記の、神が人間に子孫繁栄を約束する言葉であり、教誨師は金田に対し、「私にとってあなたは罪びとではなく、一人の信者です」と告げていた。

刑執行シーンの後、旅行シークェンスに戻るが、美香と達哉の歌声と共に、電車がトンネルを抜けるカットには、まさにその画の通り、暗闇から抜けるような解放感がある。だが、愉しい旅行の最終日、旅館の女中が丁寧な口調で「春にまたどうぞ」などと話していたかと思うと、床に蟻を見つけ、何の躊躇いもなく潰してしまう。ここで観客がドキリとさせられるのは、映画の冒頭の方で、金田が独房で蟻を見つめ続けるシーンがあったからであり、また、彼が刑を執行されるシーンで、準備をする刑務官が床に蟻を見つけていたからでもある。独房シーンでは、蟻は画面を横断して行っていたが、後者のシーンでは、蟻の動きも不自由そうだった。だが、刑務所の外の平穏な世界では、蟻一匹の命は無に等しい扱いしか受けないのだ。

この女中もそうだが、美香という女性もまたこの後、無自覚な冷酷さというか、生の側に立つ者の逞しさと言おうか、そうした面を見せる。彼女は、平井とようやく打ち解け始めたように見える達也を別室に寝かせ、平井と並んで寝るのだ。美香は常に息子を傍らに置き、結婚式の相談の際には、離れていた間に姿を消した達也を必死で探すなど、母としての顔しかそれまでは見せていなかったのだが、ここに来て急に女の顔を見せるのだ。そうして、平井に「本当は私のことも達也のことも興味ないんでしょう」と正面きって指摘し、自らの胸元に平井の手を招き寄せる。

ところで、平井が達也を抱きしめるシーンでは、達也はお漏らしをしているのだが、絞殺された人間が失禁することとのアナロジーが暗に込められていたのだろうか。刑執行シーンではそうした描写は無かったが。

(評価:★3)

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