[コメント] カメレオン(2008/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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赤提灯から「チャック開いてるよ」の繋ぎや、バイクによる轢殺シーンでの、視線をさえぎる外壁や衝突そのものを見せない演出がいい。見せるところは過剰なまでに、見せないところは大胆に飛ばすリズム感はドン・シーゲルのアクション映画のようだ。殺陣のコリオグラフは独創的だし、封筒の表書きや宴会芸における長回しもチャーミングだった。
ざっくり飛ばすシーン繋ぎは前半のキャラ描き込みにおいても効果的だが、後半の怒涛の展開においてさらにシフトアップしてストーリーにまで及んでいく。RCAのアタマ、木島(豊原功補)の筋書き通りということだ。
廃工場での死闘で伍郎(藤原)と佳子(水川)を取り逃がした時点で、事の隠蔽は不可能となった。「次官」と木島が結託し、事後処理の作戦として立案したのがあの狙撃だ。あれは殺るのではなく佳子の誘拐が目的なのだ。
当然、取引材料として佳子は生かしておくし、乗り込んできた伍郎には用事があるので殺せない。死んだと思っていた佳子が生きていた、しかし二人とも無傷で逃げ切るのは不可能だ。仲間を抑えられなかった伍朗の落ち度もある。木島は、佳子の身柄を担保として確保した上で、伍朗に証拠写真を暴露するよう要求したのだ。
証人喚問の席で厚木(岸部一徳)がつぶやく「私は完全に嵌められたというわけか」というのはそういう意味だ。伍郎が去り際に木島にささやいた「左手一本100万、表で待ってる」というのは、すべてを差し引きしたあとに左手分の金を要求する権利はあるだろう、との計算だと解釈した。
仇役が、主人公の恋人を誘拐して交渉材料にするという手垢のついたプロットを、急所の説明をことごとくカットして、荒唐無稽だが締りの効いた復讐劇に見せている。その裏にある絵を想像して組み立てるおもしろさを堪能させてもらった。見た目を偽り観客を欺く、流石にカメレオンだ。
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と、ここまで興奮気味に書き散らしたあとで二度目を観賞したが、いやはや、初見の印象だけで感想を書くと恥かくね。いろいろ妄想を膨らませた時間が楽しかったのは確かだから、書き直しはしないで追記をしておく。
ストーリー的には、やっぱり見たままが正解のようだ。超人的な殺戮マシーンとなった伍朗は、RCA本部に乗り込んで五つの死体の山を築き、どうにかこうにか生き延びた佳子を救出することに成功した。木島の反撃を防ぐため、自分の意思で証拠写真の暴露に及んだ、ということである(ちなみに上述の台詞を正確に再現すると、「僕はしっかり嵌められたんだね」「右手一本で、外で待ってる」だった)。
そのかわり、ご都合主義的とも映るシナリオを丁寧に紡いでいく演出と、求められた以上のものを出してくる俳優部の演技、これは初見の印象を遥かに超えた素晴らしい出来栄えだった。時にユーモラス、あるいはしっかりと人物の背景を説明している質・量ともに豊かな台詞の数々、「くれない銀行」のキャッシュカードと"cafe LONG GOODBYE"のマッチに代表される小道具へのこだわり、ヘビースモーカーのくせに何かとうがいをする伍朗の癖…。
思った以上に長回しが多かったし、そこに生じる芝居場の充実度も無論半端じゃなかった。藤原が凄いというのは誰でも感じると思うのだが、塩谷瞬がまたうまいんだよなぁ。全員に言えることだが、共通しているのは肩の力がすっと抜けていること。一見、ハイテンションで高血圧系に見えて、実は柔軟性と軽妙さが持ち味の芝居というわけ。そこがジャンル映画の枠に留まらない新鮮かつ自由奔放な魅力になっている。
ざっくりと切り替わっていくように見えたシーンとシーンの流れも、スムースで洗練されたストーリーテリングだという評価に変わった。何にしても、本当にいい映画なのか、悪くはないが一度見れば十分な映画なのか、というのは、二度目の観賞で初めてわかることである。どこにも捨てシーンのない本作は、やはり本当にいい映画であった。
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