[コメント] 目白三平物語 うちの女房(1957/日)
一つは、主人公の佐野周二が近所の八百屋の娘−団令子に誘われてダンス講習会へ行き、ダンス中につまずいた団の口紅がシャツに付着したまゝ帰宅するシーンだ。こゝでの佐野と妻−望月優子とのやりとりは最高だ。佐野は、口紅が付いているシャツの右胸を、手で隠したまゝ着替えようとする。それを障子に隠れて見る望月。発覚して喧嘩になるぐらいかと思っていたら、望月は鏡台の抽斗を引っ掻き回す(その際に、剃刀を持っている)。自分も口紅を塗って、実地の検証をしようとするのだ。こゝから、二人が唄いながらダンスをする、という展開になるのが可笑しい。子供二人も起きて見ているというオチ。これを、なんと肌理細かなカット割りで見せることか!
そしてもう一つが、望月が子供(次男の冬木)に、オヤツの花林糖を、見るからに貧しい男の子に渡させようとする場面から始まるシーケンスだ。冬木が男の子にあげようとするのだが、男の子はなぜか受け取らず、走って逃げる。それを冬木は追いかけるが、野球をしている友達なども加わって、丘のような高台の原っぱ、草のしげる中を皆んなで一人の男の子を追いかけ回すことになる。これをパンとクレーン移動も使って見事に見せる。原っぱなどの広い野外の空間描写もこの時期の鈴木英夫の得意な題材だったのだ。『彼奴を逃すな』(1956)や『危険な英雄』(1957)なんかをすぐさま想起する。また、男の子は、なぜ花林糖を受け取らないのか、自尊心なのか、だとか、男の子を追い詰めて、皆が息荒く、取り囲む場面は、怖いような緊迫感も定着しており、冬木は無理やり花林糖を押し付けるのだが、何が正しい行いか、とても複雑な心持ちにさせられる、良く出来たシーンになっているのだ。
さて、終盤、ヒット歌謡曲「君忘れじのブルース」が何度も使われていることを書いておこう。望月の子供たちが、ラジオをイヤホンで聞き、音程を外して唄う歌がこの歌で、佐野が唄いながら歩くシーンもあるし、ラスト近くのダンスパーティーでも、この音楽が流れている。また、ラストに、上に書いた、花林糖を渡された男の子と、その母親−千石規子が商店街を歩く姿が繋がれる、というのにも感動する。主人公の佐野や望月で終わらない、というのが、やっぱり、鈴木英夫は凄い、と思わせるところだ。
#備忘でその他の配役等を記述。
・佐野は冒頭、箱根にいる。温泉に浸かりながら唄う歌は「哀愁の街に霧が降る」。この温泉に後から入って来るのが、愛想の悪い若者、佐原健二。温泉旅館の女将は三條利喜江か。女中は三田照子。
・佐野と望月の家は目白にある。近所の住民で杉葉子と南美江。団令子の父親、八百屋の大将に如月寛多。八百屋の使用人は加藤春哉。
・望月と箱根の同窓会に参加する久慈あさみ。実際は望月の5歳下だ。
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