コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] フレンジー(1972/米)

アパートメントの中から外に引いていく被写体なきワンシーンワンカット。ヒッチコックが長い間をかけて培ってきた「見せない演出」の集大成が、この映画にあるように思えます。
TM大好き

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ヒッチコックがなぜ映画史に残る名声を得ているのか。この『フレンジー』にその答えが出ているような気がします。ヒッチの演出の中心にあるのは「見せないこと」です。肝心の部分を見せない。このことは、特にサスペンスを撮る上で不可欠な演出手法です。例えば、作品中盤、バーバラがラスクに声をかけられ、彼の部屋に誘い込まれるまでのシークエンスを見てください。

まず、バーバラがパブから出てきて、道路沿いで立ち止まる。そこでカメラはバーバラに向かってクローズアップしていき、バストショットとなる。同時に一瞬サイレンスとなった後、背後からラスクが呼び止める。このクローズアップとサイレンスの使い方は実に映画的です。そして次に、バーバラがラスクの部屋に入っていく。「キミは好きなタイプだI don't know if you know, but you're my type of woman.」というラスクの言葉を思い起こして下さい。観客は、この言葉だけで、これから何が起こるのかを容易に感じ取り、スリリングな一瞬を味わうことができるのです。通常、映画表現においては、映像がメインであって、言葉はサブ的なものに留まるべきですが、この台詞は違う。この一言は、何カットもの映像よりも、余計に映画的な意味を持つ要素となっています。

そして、肝心の「見せない演出」が、その直後にやってきます。バーバラがラスク宅に入り込むと同時に、カメラは、部屋の中に入るのではなく、逆に引いていき、被写体が不在のまま、階段を下りていく。そして、そのまま、ワンカットでアパートメントの外に。この被写体なきカメラの移動こそ、まさにヒッチの「見せない演出」。そして、その「見せない演出」に持っていくまでの前段階として、上記のようなしびれるような小技を使う周到さ。この『フレンジー』こそ、かつての『マンクスマン』あたりからやってきたヒッチ手法の集大成だと思うのです。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (6 人)けにろん[*] ALOHA[*] 3819695[*] モノリス砥石[*] くたー[*] ゑぎ

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。