[コメント] スラムドッグ$ミリオネア(2008/英)
映画を見終った人むけのレビューです。
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ジャマールは走り、泥(?)だらけになり、列車で旅行し、名所で事件が起こり、そして欲しいものを手に入れる。まさしく知力体力時の運…これはクイズ$ミリオネアじゃなくて“ウルトラクイズ”じゃないのか?
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最初に書いておくが、私はボイル監督とはとにかく相性が悪い監督らしく、これまでいくつものヒット作を作っているにもかかわらず、どうにもはまり込めないものばかりだった。今年のアカデミー授賞式だって、この作品にだけはなるなと願っていたくらいだったし。
ただ、私的には残念ながら、確かに本作は面白かった。これまで観た何作かのボイル監督作品とは全く異なり、素直な気持ちで本作は「良作」と言い切れるだけのパワーを持った作品である。
では、何が面白かったか、少々分析してみることにしよう。
本作の構造は三つの時代を同時並行にザッピングして描いていることにある。
一つ目が“クイズ$ミリオネア”で答えるジャマールの姿。
二つ目が、その半日後の“今”で、警察の尋問に対して、何故答えが分かっているのかを語るジャマールの姿。
三つ目が、その説明で自分と兄のサリーム、そしてラティカの三人が経験してきたこと。
これらは一つ一つのパーツは、実はさほどたいした物語ではない。中心となる三つ目の物語にせよ、ある意味アクション風味を加えた兄弟愛の物語と素直なラブストーリーに過ぎない。せいぜい舞台がインドだってのがエキゾチックだってくらい。実際、メインの物語の構造は、とてつもなく単純であり、インドである必要性さえ実はない。メキシコやアメリカの下町を舞台にしたとしても物語は成り立つ。
しかし、そのたいしたことがない物語を、一つ目と二つ目の物語で分断させ、そこで関連づけを加えだけで、途端に魅力を増させているのがたいしたもの。重要なのは一つ目の物語で、そこで出された問題がジャマールの心を刺激し、過去の悲しい出会いや別れ、知らなくても良いことを知ってしまったことの苦しみなどがオーバーラップすることで、一つのキーワードが、一人の人間にどれだけの過去の重みを持たせるのか。と言う事を示している。たかがクイズ問題の一問だからこそ、物語に深みを与えることが出来るのだ。一方、二つ目の警察での語りも、結構重要だった。ここで過去とも、きらびやかなクイズ会場とも違う、生の今のインドの状況というものを、まざまざと見せてくれるから。何故このクイズ番組がこんなに人気があるのか、たった一日でジャマールが国民的英雄にまで上り詰めるのか、“現在”の状況説明があってこそ、意味を持たせられるのだ。
結局この三つの物語が複雑に絡み合うことによって、本作は作品としての魅力を作り上げることが出来たのだ。この緩急の作り方や、一見矛盾する映像の羅列が意味を持ってくることの快感。その辺よく分かってらっしゃる。
かつてエイゼンシュタインによって提唱されたモンタージュ理論は、編集によって物語そのものを作り出すことが出来るという古典教科書的なものとして考えられていたが、本作はそのモンタージュを嫌味なくらいに徹底的に使うことによって面白い物語を作り上げてしまった。モンタージュ理論は現代でも充分通用する。これを証明して見せただけでも、本作が作られた意味は大きかったと言える。
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