[コメント] グラン・トリノ(2008/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
IMDBの点数を羅列すると以下のようになる。
8.4 グラントリノ
8.1 チェンジリング
8.1 硫黄島からの手紙
7.2
8.2 ミリオンダラー・ベイビー
8.0 ミスティックリバー
6.3
6.3
6.4
6.5
6.5
7.1
7.2
8.3 許されざる者
5.4
6.6
7.2
6.4
7.1
6.4
6.3
5.6
5.9
6.2
7.8
6.2
6.9
7.6
7.0 恐怖のメロディ(初監督作)
これらはすべてイーストウッドが監督した作品である。「許されざる者」を除くと、晩秋の作品群ほど品質が高まっている点は明白である。彼の映画人としての才能は枯渇でなく熟成の方向に向いているようだ。かような表現者がかつていただろうか?歳を重ね、表現したい事象がクリアになったことで、シンプル且つ普遍的なテーマを、無駄がなく、それでいて深みと渋さのある物語へと昇華させ続けることが可能になったのであろう。
★ ★ ★ ★ ★
本作はワーナーブラザーズの戦略のせいで、アカデミー賞へのエントリーがなされなかった(ワーナーはベンジャミン・バトンを出品)。内容的には圧倒的に本作の方が上質で、グラントリノが賞レースに参戦していたら作品賞・監督賞を獲得した可能性は十分にあったと思われる。少なくともスラムドッグ$ミリオネアの8冠の一角は崩していただろう。
★ ★ ★ ★ ★
さて、内容についてだが、本作は実に様々なアメリカの現実が俳優や物語に投影されている。
タイトルの「グラントリノ」は輝かしきアメリカを象徴している。ポーランド移民2世で恐らくは貧しかったコワルスキーは、フォードの組立工として、アメリカンドリームを体現した。ここでいうアメリカンドリームとは自分の家を持ち、家族を立派に育て上げることである。
---アメリカの移民は大きく4段階に分類される。初期のアングロサクソンとアフリカから強制連行された黒人。第二期(19世紀末〜20世紀初頭)のポーランド系、イタリア系、アイルランド系等ヨーロッパの貧困層。第三期(20世紀中盤)はメキシコ・キューバのヒスパニック系とアジア系。第四期は最近で中国、韓国、インド等のアジア系とラテンアメリカ系である。どの時代も新天地アメリカに希望を抱き祖国を後にしている(奴隷として連行された黒人は例外だが)。
しかしながら富は最初に植民したアングロサクソンに独占され、第二期以降はブルーカラーに甘んじるか自営業で馬車馬のように働いて生活基盤を確立すべく様々な努力を重ねてきた。
移民は根無し草からのスタートを宿命付けられた。だからこそ自分の家を持つこと、そしてそこに家庭を築くことは、夢を実現することなのである。更に、20世紀のアメリカの自動車産業は彼らに大量の職を提供し、組立工でも立派に家を建てられるだけの賃金を与えた。子供も高等教育を受け、一人前の社会人として巣立っていく。
そういった20世紀の懐の深いアメリカを象徴するのが車であり、グラントリノなのである。そして、ポーランド系のコワルスキーがアイリッシュパブやイタリア系の床屋で他民族と互いに口汚く罵りあいながら仲良く生活していく姿はアメリカの縮図なのだ。
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コワルスキーは朝鮮戦争での虐殺の記憶に苛まれ、家族と正対することができない。夢を実現しながらも、もうひとつの悪夢が心に闇を作り、心の底から家族を愛することができずにいた。血に汚れたその腕は朝鮮戦争は言うに及ばず、太平洋・ベトナム・アフガン・イラク等の数々の戦争に対するアメリカの漆黒の闇を象徴している。自戒し、贖罪したい。しかし、懺悔ごときで悪夢が消えるはずもないことを理解している。真の修羅とはそういうものである・・・同時に彼の体は病に蝕まれていた。現代のアメリカが戦争で疲弊し、国全体が蝕まれているように・・・
アメリカの基幹産業のひとつとして国を支えてきた自動車産業の中心地デトロイトは今や荒廃しきっている。車産業が破綻し、町は黒人・ヒスパニック・アジア系といったマイノリティのギャングが跋扈し、暴力が支配する。息子はフォードからの給金で育ちながらもトヨタのセールスマンとして優雅にそして独善的に生活する(トヨタはアメリカの富を略奪する存在ではなく、時代の趨勢を反映させるような形でのみ描かれている)。そこには命を賭けて守ってきたはずの正義が霧散していた。
隣にモン族の家族が越してくる。物語上は偶然であり、シナリオ的には必然である。モン族はベトナム戦争時にCIAに訓練され、アメリカの代理でラオス領域内で共産勢力と戦った民族である。「地獄の黙示録」でカーツ大佐が築いたジャングル内の独立国家のモデルでもある。アメリカに翻弄されたモン族はアメリカがベトナムから去ると後ろ盾を失い、難民となりタイへ流れ、その中の一派は大挙してアメリカへ亡命した。
その二世がタオである。タオとその家族に触れ、実の家族以上にシンパシーを覚え、流されるままに「アメリカの男の作法」つまりアメリカの魂を教えていく。その行為は彼にとっての贖罪なのであった。
そしてコワルスキーはギャングとの暴力の連鎖に自分なりのけじめをつける。未来ある有色人種の若者にグラントリノを託して・・・
虐殺で得た銀星章は、戦わなかったタオの胸に燦然と輝く。
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イーストウッドはデトロイトの一角での小さなストーリーにアメリカの過去と現実と希望を凝縮し、進むべき道を示唆している。奇しくも時を同じくして合衆国大統領に初めて有色人種が就任した。
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