[コメント] buy a suit スーツを買う(2008/日)
市川準は、都会を故郷の様な存在として描写しうる稀有な映画監督であった。改めてその才能の喪失を惜しむとともに、本作で自ら回していたハンディカムに焼付けた詩情をいとおしむ。松本龍之介の楽曲は画面に、温かい無秩序の堆積を慈しみを持って刻み込んだ。
この映画から、例えばメッセージの様なものを汲み取ろうと思えば、多分その少なさに呆気に取られそうな性格をこの作品は持つ。
だが、今までに発表された抒情詩の素晴らしさを引き合いに出すまでもなく、画面の美しさで勝負する映画作品を「表層的」と称して蔑む人々の頑なさを市川作品が雄弁に語るのを我々は目にしてきたはずだ。この作品では、東京の風に髪をなぶられる関西人たちの、感情の交錯の面白さが我々を魅了してくれた。そしてその人々が、吟味されたリリカルなキャメラの一景に佇む姿に瞠目させられた。
まだまだ東京の町並には、切り取って魂の脈動に心揺れる風景が多数存在する。そのことを最高の包丁さばきで眼前に提示してくれた本編には、いくら賛辞を投げかけても足りないが、ここは礼を尽くして頭を下げるべきだろう。
「ありがとう。ゆっくりお休みなさい」と。
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