[コメント] インスタント沼(2009/日)
それにしても麻生久美子はこの一二〇分間の映画の中でいったい何着の衣裳を身にまとい、幾種類の髪型を私たちに見せただろうか(めまぐるしく場面が変わる冒頭のモノローグ・シークェンスだけで相当の数に達しています)。衣裳と髪型のバリエーションを揃えることは女優の魅力を見せる方法論として常套のものではある(これだけいろいろの格好をしているのですから、「麻生久美子なんて嫌いだ」という人でない限りはきっとお気に入りの彼女を見つけられるはずです。私は寝癖をつけたまま「およよ」と云う麻生さんが好きです)。しかしこの麻生ほど一篇の映画で多くの衣裳と髪型を見せたヒロインが過去にいただろうか。少なくともきわめて僅少の映画体験と薄弱な記憶力しか有さない私は自信を持ってその実例を挙げることを能わない。加瀬亮も風間杜夫もまるでユニフォームであるかのように同じ格好を貫いていることとの対照を考えれば、麻生ひとりが特権的な扱いを受けていることは明らかだ。ここでの三木の野心は「麻生の見せ方」にある。三木は自身がこのように立派に「女優映画」を撮りうる程度に正統的な演出家であることを証明してみせている。
また三木の映画の特徴として、いわゆる「脱力的」細部というものが挙げられるだろうが、それを全篇に散りばめる態度は決して脱力的ではない。つまり、手を抜いていない。ここで細部とは端役も含めてのことだが、とりわけ印象的だった端役について記しておく。舐めた看護師の五月女ケイ子、いいなあ。G馬場の格好で八分の五チップスに大喜びするウサギ園の五頭岳夫、切ないなあ。折れ釘を買う石井聰亙、若いなあ。そして下手だなあ。
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