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[コメント] ラスト・ブラッド(2009/香港=仏=日=アルゼンチン)

アクションは、どこかで観たようなシーンを些か安っぽく仕上げている程度とはいえ、頑張りは見える。尤も、そこにアリスとかいうバカ娘が喚きながら付きまとうせいで不快指数は上昇の一途。原作アニメのシンプルながらも厚みのある世界観の欠片も無い。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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クソつまらないティーンエイジャーの典型でしかないアリス(アリソン・ミラー)とかいう小娘の登場が鬱陶しい。ワーワーキャーキャー喧しい上に、大して役にも立たないのに「私も闘う」と付きまとうという、ありがちなパターン。彼女は、父が殺害されたのを目撃して激昂し、黒服の男をぶん殴るが、このパパ将軍は観客の共感など殆ど得られない邪魔キャラでしかなく、一応はサヤ(チョン・ジヒョン)側である黒服を殴りまくるアリスも、事情が分からずに暴れまわる目障りな存在でしかない。可及的速やかに死んでほしいキャラだったのだが、サヤと同等以上の扱いを受ける様を見るにつれ、おそらく物語の最後の方まで存在し続けるのだろうということに気づかざるを得ず、更に憂鬱に。

転校生のサヤをからかっていたヴァンパイア娘二人にアリスが苛められているところへサヤが現れてヴァンパイアをブッタ斬る、というシーンによって、二人の境遇を一致させようと図っていたのかも知れないが、姑息な手段で物語を矮小化しているだけでしかない。原作アニメ『BLOOD:THE LAST VAMPIRE』で印象的だった、逝こうとする吸血鬼の口に小夜が血を垂らしてやる行為も本作では、血に渇いたサヤにアリスが自らの血を飲ませるシーンで反復されていて、何とかアリスという存在を必然化しようとしているが、何の魅力も無いアリスとの友情物語は、ヒロインを俗な存在に引き下げる結果にしかなっていない。

サヤは、アリスを護ろうとする姿勢や、宿敵にして母であるオニゲン(小雪)との確執(某有名作の「私が父だ」の、芸無きパクリ)、カトウ(倉田保昭)とかいう忠臣の犠牲への嘆きなど、いちいち感情を露わにする場面が多く、『BLOOD...』の、厳しさや厚みを持ったヒロインとはかけ離れている。所詮ガイジンさんには、能面の陰影に深い情緒を読む感性は理解され難いのかと溜息。その一方、侍やら忍者やらを導入する皮相なジャポニズム。

『BLOOD...』では、日本刀を隠し持ったセーラー服姿の少女が米軍基地に潜入し、血の雨降らせてその日常を切り裂くところに半植民地たる日本の隠しきれない情念が滲み出ていて心を打つのだが、アリスなどという甘ちゃんに仲良くしてもらって、人の心がどうとか下らない話を聞かされるサヤは一体何なのか。日本語の台詞も吹き替えだし。『BLOOD...』での、米軍基地から飛び立とうとする飛行機を追う吸血鬼を斬り殺す、というシーンと、ラストカットの結びつきなども蔑ろにされていて呆れる。

『BLOOD...』では、吸血鬼との同類性らしきものが匂わされていた小夜が、その容貌をハーフ風に描かれていたことも、「セーラー服少女が刀を振り回して米軍基地へ鬼退治に」という物語を単純な反米性に回収しないニュアンスを担保していたようにも思えるのだが、或いはそこは単にキャラデザインの寺田克也の画風によるものなのなんだろうか。とはいえ本作では、純東アジア風の女優が演じていることで、『BLOOD...』のゴツイ美形という濃いキャラが損なわれていて薄味に。

単純な反米性に回収しないという意味では、『BLOOD...』の舞台となった横田基地からベトナムへ軍が派遣されていたという事情によって、日本とアメリカの共犯関係が描かれていた点は見逃せない。「日本国内のアメリカンスクール」という、支配構造の上に乗っかった明るい学園生活に刀を持って侵入する小夜は、アメリカ側でも日本側でもない存在だったのだが、本作では侍・忍者・鬼の織り成す純和風世界の中での内輪揉めの域を出ておらず、何とも空虚。何の批評性も無い。

それほど思い入れを持っていたつもりのなかった『BLOOD...』の良さを改めて気づかせてくれたという意味では、観てよかった作品だとも言えるが、それだけ本作がクソだったという以外の何物でもない。全く躊躇なく最低点をくれてやれる。

(評価:★1)

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