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[コメント] 劔岳 点の記(2008/日)

決して派手さはなく物静かで、今の時代にはそぐわない作品かも知れないけれど、だからこそ面白いし、心に残ります。50〜60年代の心を持った作品と思います。こういう映画、好きです。
づん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







明治村に遊びに行った時に、ロケ地となったこの映画をばんばん宣伝していて(ちなみに行った時はちょうど『レオニー』という映画のロケ真っ只中のようでした)、それ見なかったら多分観ようとも思わない、完全ノーマークの映画でした。それほど地味。

実際観てみても、地味。そして古臭い。特にカメラワークが古臭い。けれどもその古臭さが私にはとても嬉しく、現代映画でもこんな作品が観られるんだとひどく感動しました。『銀嶺の果て』を観た時の感動を、現代作品でも感じる事が出来たのが何より嬉しい。

過酷な登山シーンなど、今ではダイナミックに見せようと無駄に接写して撮影する人が多いですよね。役者の表情アップでごまかしたり。けれどもこの作品は俯瞰ショットを多用し、人がまるで黒い点のようにしか見えないシーンが多い。壮大な雪山にポツポツと数個の点。それを俯瞰で撮って、そのままカメラは舐めるように山の斜面を登り、最後は聳え立つ山の頂きと空を捉える大パノラマを展開する。こういう印象的なショットが非常に多く、人間の小ささと自然の雄大さを見事ワンショットで捉えています。素晴らしいです、本当。

吹雪のシーンなどは吹雪いてくる方めがけて後ろを振り返るみたいな不自然な動きもあったし、多少映像処理が施されている部分はあったと思うんですけど、実際そういうところを指摘して、ダメだこれって言いたかったんですけど、映画を観続けていくうちに、そんな小さい事どうでもよくなってくるっていうか、圧倒的な自然の美しさと厳しさをあそこまで見せられると、もう感服するしかないんです。てか吹雪のシーンを撮るなんて事は実際不可能だって事が観ていくうちに分かってくるんですよね。

またテーマも非常に克明で、語らずとも伝わるという素晴らしさがありました。私は未体験なのですが、登山というものが自己と向き合う行為でありながら、同時に他者との繋がりをも実感させる行為である事が明確に伝わってきます。測量隊と山岳会という対立する組織の、交流する事なく深まる親交など、台詞に頼らない雄弁さも上品で良いと思いました。(手旗が良い!)また、ノブが雪崩れに遭って助けてもらった事ではなく、子が生まれた事をきっかけに変わるところなんかも、自己と対峙した結果の他者との繋がり!という感じで上手いと思いました。

それからラスト、山頂まであと少し!というシーンで一旦切って、次のカットではすでに登頂済みという大胆な省略。「登頂ではなく測量」というテーマを裏切っていないし、無駄な感動シーンを一切省いた慎ましさは、斬新な省略法を多数見せてくれた50〜60年代の映画に通ずるものがあると思いました。

そして、やっぱりキャストも素晴らしい。彼を褒める事は若干気が引けるんですが、香川照之さん!暴風雨で飛ばされそうなテントのシーンなど、『デルス・ウザーラ』が憑りついたようなシーンもありましたね。

最後に、個人的には衣装の素晴らしさも付け加えておきたいところです。

興業は見込めないような作品ではありますが、私はとっても大好きです。後で知った事なんですが、この木村大作という監督さん、宮川一夫さんの助手を勤め、黒澤さんとも仕事をしていたんですね!(『用心棒』の冒頭に出てくる犬のシーンを撮った方らしい…!)無駄に納得!

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09.06.19記(09.06.18試写会鑑賞)

09.11.28劇場再鑑賞

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)まー FreeSize[*] シーチキン[*] ジョー・チップ

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