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[コメント] 3時10分、決断のとき(2007/米)

「誇り」と「正義」を賭けて駆け抜けた、二人の男の物語。
田邉 晴彦

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この映画、序盤はステレオタイプな善玉クリスチャン・ベールと悪党ラッセル・クロウの対立劇ですけど、最後には互いを理解し合った男と男のホモソーシャル感全開のバディムービーへと、澱みなくかつ劇的に変化していくプロセスが、ほんとーに素ー晴ーらーしーすーぎるー(byブルーハーツ)んですね。

一見、ベールが金を素直に受け取らない心理やクロウが彼に加担するようになる心境の変化が判然とせず、何やら倒錯したキャラクター造形にみえるかもですが、そこは職人監督ジェームズ・マンゴールド。実は一貫したテーゼをこの二人の男に予め注入しておくことによって、宿で列車を待つシーンから、ラッセルが列車に乗り込むまでに至るラストシークエンスで圧倒的なエモーションを炸裂させています。

では、一貫したテーゼとは何か。

それは、ベールにとっての「誇り」、そして、クロウにとっての「正義」だと僕は思うんです。ベールの方は比較的判りやすいですね。最初ベールは金のために護送隊に参加するわけですが、それは奥さんとの声を殺した会話(ちなみにこのシーンのベールの演技が凄過ぎて生理的に泣きました)の中でも明らかなように、「牛をとられて家族からは冷たい視線→尊敬を取り戻したい→そのために金を得て家計を支える→家族の尊敬を取り戻す→誇れる自分を取り戻す」という図式が彼の頭の中に常にあるんですね。つまり、彼にとって金はあくまで記号にすぎず、この仕事を通して「誇り」を取り戻すことこそが彼のテーゼなんです。ストーリー後半でラッセルに「より多くの金をやるから見逃してくれ」と言われて、ウダウダ言いながら結局耳を塞ぐシーン、あれはこの図式を頭に思い浮かべて、「あれ?なんか違うな…」と思いなおしているわけです。そしてその後、彼ははっきりと確信する。その確信を言葉にすればこういうこと。「誇れることが何もない」。勲章のひとつに見えた義足でさえ、彼にとっては自分の恥ずべき醜態の結果でしかなく、彼はこの仕事を通して、死んでもいい、一つでいいから人に誇れる本物の勲章がほしいんです。この瞬間、彼の「誇り」への執着はより純粋な形に昇華していくんです。他人にではなく、自分に誇れる自分でありたい、と。

一方、クロウの心情変化が読み取りづらいのですが、彼の中に「正義」という一つのテーゼを見ることができれば、かなり理解が容易になります。クロウは悪党として登場しますが、一貫して自分なりの「正義」を追求している男ですね。その「正義」から外れる相手に容赦をしない。たとえば、「カードでイカサマをしたやつを殺す。殺したことさえ忘れてる」「母親を侮辱する奴を殺す」といったエピソードが繰り返し描かれ、彼のキャラクターが徐々に形成されていきます。だからこそ、ベールが貫く「誇り」に対する真摯な姿勢にクロウが共鳴し、ともに銃撃の中を駆け抜けるに至り、「決着のついた相手に背後から銃撃を浴びせるやつは、自分の手下であろうが殺す」というラストもきちんと筋が通っていると僕は思います。

また、映画的インスピレーションがそこかしこに満ちているのも嬉しいところ。以下、お気に入りな部分を列記します。

◆仲間を撃ち殺したクロウの「犠牲は最小限に」というセリフ ◆ガンホルダーに銃をしまう時の音 ◆ガトリング銃と後ろに流れるソリッドなギター音 ◆クロウの女をみる目つき。これぞ“吟味”といった感じのハンターアイズ。 ◆そんなクロウに忠誠を尽くすチャーリー ◆「NEVERSEETHESUN♪」クロウにとっての太陽。ベールにとっての息子、というダブルミーニング ◆懐中時計を投げ捨てた後、3時の到来を金の音が告げる ◆ベールが土地を離れない理由の後に言う「知ってほしかった」というセリフ

以上。乱文ですみません。 いやぁ、しかし、いい映画でした。

PS 音楽のマルコ・ベルトラミ、撮影のフェドン・パパマイケル、この二人の功績はでかい。これを存分に堪能するにはDVD観賞ではばく、映画館で“体験”べきでした。失敗!劇場でかかる機会があれば、万障繰り合わせて参加します。

(評価:★5)

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