[コメント] 炎上(1958/日)
ミシマは切腹よりも、市ヶ谷駐屯地に放火してほしかったものだ。90歳過ぎでまだ収監されているなんて方が、生き恥晒す決意という本作の原作者として相応しかろう(含原作のネタバレ)。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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中村鴈治郎が不思議な人物で印象深い。真面な人物のようだが、戦中の冒頭から香水使ったりしているから保留しながら観ることになる。雷蔵の妊婦転倒や仲代の借金など、全部金で物事を解決させるのは仏教の本道ではあるまい。火事見てぼそっと「佛の裁きじゃ」と云う件がすごい。ああこの人は凡人なのだと判ってくる。大地震が来ると「天罰」とか思わず呟いてしまうアニメファンみたいなものだろう。最後は托鉢して歩いていると噂されている。
収束は事実に寄り添い、ミシマのラストとは正反対。いったい、雷蔵はどういう人物なのかよく判らずに終わる。「生きようと思った」という原作のほうがずっといい。この原作はミシマの人生を自ら批評している処がある。右翼ミシマよりずっといい。
雷蔵と仲代のコンビはとてもいい。ノリノリで愉し気に悪役している信欣三が何かすごい。両親の北林谷栄と浜村純は同情的に撮られ過ぎているように見える。アラタマはほんの数カットで贅沢かつ的確な使い方。あれ以上登場したら趣旨が違ってしまって、若尾が登場し過ぎた『雁の寺』みたいになっただろう。
シュウカク寺という呼び方は痛恨だろう。殆ど百回ほど寺をそう呼ばれるのだが、その度に映画が詰まらなくなる。「醜覚寺」と聞こえたりする。製作費を倍額にしてでもキンカク寺と呼ばねばならなかった。
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