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[コメント] カティンの森(2007/ポーランド)

この事件と、その後の欺瞞は、70年の時を経た今もポーランド人の脳裏を亡霊のように彷徨う怨念なのだろう。たとえ古色蒼然たる老骨の一喝であろうと、単に被害意識を振りかざすのではでなく、ひたすら加害者の非を責め続けるワイダの執拗さは被害者の鏡である。
ぽんしゅう

例えば被爆の悲惨さを叫び嘆くばかりで、一向に加害当事者へと矛先を向けない日本の内向的原爆映画や、加害側から被害側へ無自覚に越境し、したり顔で悲劇を共有するヒューマニズム映画(近年では『硫黄島からの手紙』(06)がそうだった)、さらには加害と被害の境界をうやむやにして、自らの被害意識のみを主体性なく描いてしまう(あの『ハート・ロッカー』(08)だ)悪意なき無反省映画。

そんな映画群に比べて、虐殺とその隠蔽行為からすでに70年を経ようとしているというのに、このアンジェイ・ワイダのストレートな演出に徹した直情激昂ぶりに、被害者がとるべき立ち居地の見本を発見し感心する。一方で、本作の60〜70年代的告発姿勢に「今さら何故」という戸惑いとともに、いささかの時代錯誤を感じたのも事実である。

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この映画を見たその夜(2010.4.10)偶然にも、ポーランドのカチンスキ大統領を乗せた政府専用機がロシア西部の空港で墜落し大統領を含む乗客乗員全員が死亡したとの報にふれた。大統領らはポーランドが主催する「カティンの森」事件の追悼式に出席すためロシアへ向かっていたのだそうだ。

さらに続報で、事故の興味深い背景が伝えられていた。カティン事件から70年の今年、ロシアのプーチン首相は和解に向けてポーランドのトゥスク首相を招き、初めてロシア側が主催した追悼式典を4月7日に開催。しかし、カチンスキ大統領は一貫してロシアとは敵対姿勢をとってきたため7日の式典には招待されなかった。

ポーランドではトゥスク首相とカチンスキ大統領の所属する政党はライバル関係にあり、今秋に大統領選挙をひかえたカチンスキは、国民が高い感心を寄せるポーランド側が主催した10日の「カティンの森」追悼式典に、なんとしても出席しなければならないという事情があった。そして、この飛行機事故に遭遇したのだった。

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「カティンの森」事件は、現代でもポーランド国内外において国民の感情を左右する政治的道具として、ある意味重宝に利用されているということなのだろう。事件の本質が風化しかねない今だからこそ、きっとワイダは感情をむき出しにして、すべての虚飾や思惑をはぎ取り「カティンの森」事件に対する自らの立ち居位置を、今さらながら本気で叫ばなければならなっかったのだろう。本作におけるワイダ演出の直情さの理由が分ったような気がした。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)けにろん[*] ロープブレーク

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