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[コメント] 借りぐらしのアリエッティ(2010/日)

今や失われてしまった宮崎駿らしさに溢れてる。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 この丁寧な仕事ぶりは賞賛に値する。人間があれだけ小さくなると、世界がどのように見えているのかと言うのもあるが、水の表現や人が使う小道具をいかに新しく活用するかなど、演出表現上は申し分なしだろう(強いて言えば、アリエッティのスカート表現はあんなに広がるはずがないのだが、演出上あれで良い)。

 今の日本ではなかなかお目にかかることが出来ないタイプの物語そのものもなかなか面白い。

 敢えて言うなら、物語が視聴者に媚びてないのが良い。

 ファンタジックな作品は物語の性質上奇跡を見せやすい。常識ではあり得ないことが起こっているのだから、物語だってあり得ないご都合主義だって問題無いだろう。と誤解された前提条件がついてるから。そして今の日本のアニメとかでは、そう言った奇跡的なことを最後に見せることで終わらせるのに馴れてしまった。

 例えば本作では、アリエッティと翔が最後に同サイズになって抱き合うとか、あるいは小人が持つふしぎな力によって翔の心臓病が回復するとか、お手軽な奇跡のネタには事欠かない。

 でも敢えてそう言う方法は取っていない。前提条件がファンタジックなものであったとしても、それが物語にはなんの影響も受けない。アリエッティ一家は掟によって去らねばならないし、翔の心臓病についてもなんのフォローもない(あるいはラストの無理が祟って手術が失敗するかも知れないが、それも何の暗示も見せないのも良い。

 この作品で奇跡の安売りやられたら、気持ちが萎えてしまう。実際仮にそんな物語展開だったら、わたし自身の性格からして、本作をここでこき下ろしてたはずだ。

 割と起伏が少なく、淡々と流れるような感じだが、だからこそ自然描写や登場人物の表情に力を入れた演出が際だっているし、小さな盛り上がりでも出すべき所ではしっかり力を入れているので、計算された演出に全然飽きることはなかった。観終えた後味も悪くない。

 と言う事で、単体の映画として観る限り、本作は全く問題無く良作。

 ただこれがジブリの系譜の中にあるものとして考えると、いろいろと考えたくなる。

 ジブリといえばもちろん宮崎駿が中心であり、その宮崎作品と本作を対比して考えてみると、どの位置に入るだろうか。

 さほど起伏のない田舎暮らしの物語で、その中で人外の、いわばもののけとの接触が描かれていると考えるならば、これは『となりのトトロ』(1988)との関連が強いように思うが、内容的にはむしろ『もののけ姫』(1997)との関連性の方が深いように思える。  『もののけ姫』は、価値観の全く異なる存在の交流を描いた『となりのトトロ』を一歩進め、互いにその価値観を受け入れあう課程を描こうとした物語だったと思うのだが、実際劇中でそれは見事に失敗した。あの物語でアシタカとサンは互いを認め合うところまではいったものの、そこからもう一歩を踏み出させられなかった。あのラストシーンは、結局違う価値観を持つ二人は一緒のところに住むことはできない。その部分を認め合うまでで止まってる。

 ここでもラストシーンは同じである。それまでにアリエッティと翔はいろいろ話し合いもしたし、互いに価値観があることを受け入れあってもいたが、「人間に姿を見られてはいけない」という小人の掟に従い、アリエッティの一家は完全に別れてしまう。  ここで『もののけ姫』とは異なるのは、なんか通い妻みたいな変にべたべたした終わり方にはならず、二人は自分の運命を受け入れ、相手を思う気持ちを素直に言った後、綺麗に別れられたということだろう。この方が遙かに後味すっきりするし、ラストで同じ空間を共用するという前提を抜いているため、終わり方に後腐れなく、清々しい印象のみを持たせることができたということだろう。

 本作の脚本には宮崎も関わっているけど、本人も『もののけ姫』をリベンジさせようって気持ちがあったんじゃないかな?しかし本人にはもはやその気力もない(というか、本人の思いがすでにここから離れてるから)。だからこそ、若い監督に託した。今回に関してはそれが成功したと考えることができよう。宮崎が一歩引くことによって成立する作品と言うのも確かにあるのだ。

(評価:★4)

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