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[コメント] デイブレイカー(2009/豪=米)

吸血鬼に埋め尽くされた近未来、という『マトリックス』よりも(単純)明快な現代的生と収奪の隠喩。手堅い映像にもかかわらず、血液爆死、ボウガン、やっぱりそうなるサム・ニール、と覆い隠しようもなく溢れ続けるB級感がたまらない。(2011.12.29)
HW

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 「病原体に打ち勝つのは病原体」という古典SF的着想を吸血鬼モノに持ち込むと、スプラッターだらけのドミノ倒しになる、という思いつきをそのままご丁寧に画にしてしまう、というまったく映画らしい豪胆さ、あるいはバカ正直さ。早々に先の読める展開をまさかほんとうにやり通してくれるのだから嬉しい。サム・ニールの凄惨な最期には思わず笑いがこみ上げる。

 吸血鬼へと変貌させる(=秩序に適応させる)ことによって家族を守ろうとする父親と、吸血鬼として生きること(=父親たちの生きる秩序)を拒絶する娘たち。あるいは、収奪の尖兵としての生活に誇りを求めようとする弟と、自らの地位への嫌悪を抱き続ける兄。マジョリティとしての「吸血鬼」、という突拍子もない設定を通して組み立て直された、社会と家族をめぐるいたって古典的物語。すべての成員が吸血鬼と化した末に、もはや飽食を維持し得なくなった社会、という設定は、バカバカしいに違いないが(誰も先のことを考えなかったのだろうか?)、まさにそのバカバカしさゆえに、私たちの生きる社会へのあからさまな言及として十分に機能している(その通り!)。

 生きた人間を仮死状態にして「血液製造器」にするという発想は、『ブレイド』の冒頭にもちらっと登場していたが、あちらの吸血鬼があくまでアンダーグラウンドの支配者でしかなかったのに比べて、こちらの吸血鬼は圧倒的マジョリティであり、その製造は公認のものなので、ヴィジュアル的な既視感のわりには(この「工場」はもちろん『マトリックス』の「畑」を想起させる)、いくらか目新しい印象も受ける。ここで人間は、奴隷的に酷使されるのではなく、人格を通り越した身体の地点において無意識のまま働かされ続けるわけだ(生存していなければいけないが、逆に言えば、生存だけさせておけばよい)。いわば、人間には用がなく、人間の身体にだけ用がある、「善い人間とは脳死している人間」という論理である(この点、同じく生存そのものによる無意識の奴隷労働とはいえ、人間に夢を見させ、「脳」を働かせ続ける『マトリックス』とは正反対)。あるいは、製薬企業、渇望するマジョリティといった設定にかこつけて、脳死体の医学的・製薬的「利用価値」といった隠喩まで読み込むのは、大げさだろうか。

 思いのほか希望に向かうかたちで物語の幕が閉じるが、しかし、吸血鬼となった人間たちが自ら人間に戻ろうとすることが期待されるのではなく、「伝染病」として対抗することがまず示される、というその発想の底には、どこか諦観にも似た醒めた認識がうかがえる。確かに、「吸血鬼」となった者たちに「ヒューマニズム」を期待するのは、お門違いなのだ。そして、その「伝染病」とて、決して明るい前途が与えられているわけではない。おそらくは、検査や管理を受けていない人間からの吸血を取り締まる「安全な」吸血のキャンペーンによって対処されるだろうし、なにより、「代用血液」の利用という、いわば「持続可能な」収奪のヴィジョンまですでに提出されている。「代用血液でもいいから吸血鬼として永遠に生き続けたい!」という者たちが多ければ、この「伝染病」を一定レベルに封じ込めるのは、それほど難しい作業にはならないだろう。同胞や自分の血を吸ってしまった「サブサイダー」同様に忌むべき存在である「感染者」をときおり見かける程度で収まるのではないか。主人公たちが「感染」の拡大を狙うとすれば、一挙にテロに訴えるか、粘り強く人間への自主的復帰を呼びかけるか、選択を迫られるはずだ。いずれにしても、(文字通り)血で血を洗う抗争が続くことになるだろう。状況は変わっても、根本的な解決は決して用意されていない。

 ごく個人的な不満をいえば、永遠に大人にならずに生き続けるなんて耐えられない、という少女の自殺があり、道端で群れる薄気味の悪い子どもたちが姿を現す冒頭から、世代交代の起こり得ない社会、各世代の置かれた位置が凍結されてしまった社会、というものがどう描かれるのか、その描写に期待していたのだが、以降の本編でその点にとくに関心が向けられてはおらず、残念である(今後公開の映画でいえば、アンドリュー・ニコルの新作『TIME/タイム』がいくらか近いものを主題にしている)。年長者たちの「永遠の命」が、成長を奪われた子どもたちと、組織のピラミッドの下層にいることを強いられ続ける若者たちの犠牲の上に成り立っている社会、という風に見れば、吸血鬼内の世代対立が物語に浮上してもおもしろかったと思うのだが。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)Orpheus けにろん[*] 3819695[*]

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